「デッドプール2」

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デヴィッド・リーチ監督。主演はもちろんライアン・レイノルズ!1作目はR指定として北米で過去最高のオープニング興収を叩き出し、日本でもデッドプールのキャラクターを存分に生かした宣伝が奏功して(配給会社さんエライ~)すでに一種の貫禄まであるような人気ぶり。今回もIMAX入場者に先行で手乗りデップーちゃんを配ってくれており、前回はもらいそこねたのだけど今回はしっかりゲットできた!やったね!

前回はラブストーリーだよっつって本当に王道ラブストーリーで、今回はファミリー映画だよっつってアハハ~またまた~と思ってたら本当に「ファミリー映画やんけ…」てなるやつだった。そして前回と違って「予算!!!あります!!!!」という感じがすごい。銃撃戦の多さや火薬量ももちろんですけども、茶化しにかかるネタの多さも特盛でぇっす!感があった。いやもう最初のローガンいじりでむちゃくちゃ笑いましたし、オープニング完全にスカイフォールだし、デッドプールが「恵まれし子らの学園」にきてなんでメジャーなX-MENのミュータントが出ねえんだよーケチーつってる横でそーっとドアを閉めるハンクや教授やクイックシルバーにも笑いました(あそこ一瞬で全員視認できなかった、止めの画像で見たい)。コロッサスはほんといいやつだな…

最初のシーンでヴァネッサを救えなかったことから今回のウェイドにはずーっと自殺願望のようなものがつきまとっていて、彼女のいる「向こう側」に行くために何かをせねばならない、でもそれが何なのかわからないという部分があるから、かれの行動に揺れがある。それが自分と同じ後悔を持ち、それを糺しに来たケーブルと出会うことで、だからこそ自分がここでやり遂げなければならないこと、を見失わないようになるのがすごくうまい構成だなと思いました。ケーブルとデッドプールの共闘、よすぎた。よすぎたね。これこんだけのケミストリー起こしておいてこの寸止め海峡でお預けじゃないよね!?この先まだなんかあるよね!?え!?おいどうなんだ!(落ち着こうか)

予告の作り方からチーム戦になるのかなって思っていたら、まさかのXフォースがあんなことになるとは!っていうね!ドミノはある意味最強すぎてこわい。そして個人的にもめちゃウケたし映画館でもどっと笑いの起こったのがドーピンダーに対する「何の特殊能力があるんだよ」「…勇気?」「かわいいな」でした。あははは。ほんとうにかわいい。あと、デッドプールさんはこう、最後に悪役が絶対ああなる安心感、ありますよね。捕まって永遠に苦しめみたいなお茶の濁し方しないつーか、絶対始末つけるっつーか。

エンディングがまた自虐も含めてネタ満載すぎて、いやもうエンドロールどころじゃなかった。ローガン(とヒュー・ジャックマン)は最後までいじられていたし、もっといじられていたのがレイノルズ自身っていう。さすがです。でもあのウルヴァリンZEROがあったからこそ今の俺ちゃんがあるのだということでね!

「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」

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ショーン・ベイカー監督。今年の賞レースでほぼもれなくこの作品のウィレム・デフォーがノミネートされていて、面白そうだなと思って楽しみにしていました。しかし上映館が少ないのよな~!

映画の構成からすると、ラストシーンのことを詳細に描くのはこれから見る人のことを考えるとよくないような気がするんだけど、自分としてはどうしても書いておきたいので、ここから先はちょっと注意です。かなり詳細に書いてしまっています。やっぱり見てから読もう!という向きには途中で引き返すのも大いにアリです。

フロリダ・ディズニーワールドのすぐ近くの、安モーテルでその日暮らしをするヘイリーとムーニーの親子。彼らはさまざまな事情で家を持つことが出来ない。1日35$の安宿に「連泊」の形で住み込んでいる(「住む」ことを認めていないため、一定周期で1日だけ部屋を空けさせるシーンがある)。物語はムーニーと、同じ境遇の子どもたちの日々の視点から描かれる。彼らは大人たちの想像する、いわゆる「いい子」像からは程遠い。車につばを吐きかけて遊び、観光客からお金をせびってアイスクリームを買い、空き家に忍び込んでものを壊し、ほんの出来心で火をつける。ムーニーの母親であるヘイリーもまた、どこか子供じみたところがあるまま大人になってしまったのだろうと思わせる(使用済みのナプキンを怒りに駆られてガラス窓に張り付けるシーンなど、稚気にもほどがある)。汚い言葉遣いを咎められ、「だから貧しいのよ!」と罵倒されるヘイリーは「だから」貧しいのか、それとも「貧しいから」そうなったのか。

けれど、たとえそうであっても生活は生活であり、その、文字に書きだせば殺伐としか言いようのない世界であっても、子どもたちの世界は極彩色だ。遠くに見えるディズニーワールドの花火、虹、プール、アイスクリーム。モーテルの雇われ管理人であるボビーは悪態をつきながらも、彼ら彼女らにどこか真に心を寄せている部分があって、それがこの映画を見ている私たちのよりどころになってくれている。

差し挟まれるムーニーがお風呂に入るシーンの意味(そういえば、最初は母親と入っていたのだった)、管理人であるボビーがタバコを吸いながら見かけるヘイリーの部屋のひとの出入りが何を表しているのか、そしてそれが何であったかがわかる以上、最終的にこの親子がどうなるのかは明らかであるともいえる。児童家庭局がヘイリーの部屋を訪ね、彼女がやっていることを把握していること、そしてムーニーを一時保護することを告げる。ムーニーは「いっとき、おかあさんと別の場所に行く」ことを意外なほどすんなりとのみこむが、階下に住む友達に挨拶したときの「どこかよそにいく」という言葉に過剰に反応する。家庭局の人間を振り払って、ムーニーは走り出す。母親のところに駆け戻るのではなく、外へ、外へ、彼女は駆けていく。

ムーニーは道路を挟んだとなりのモーテルで同じように祖母と暮らす(母親は出産したあと子供を祖母に預けいなくなった)ジャンシーの家に駆けこんでくる。どれだけ悲惨と思えるようなシーンであっても泣かなかったムーニーが初めてここで涙を流す。よそに連れていかれる、もう会えない、あんたは親友だから言っておくけど…。ムーニーはしゃくりあげてしまいよくしゃべれない。ジャンシーは口をぎゅっと引き結んでムーニーを見ているが、突然、彼女の手を取って走り出す。

走る、走る、ミッキーマウスのフォルムをした看板の下を、極彩色のさまざまな建物の前を、そしてついに見えてくる、ディズニーワールドのゲートを潜り抜けて、彼女らは手を取って走り続ける。彼女らが今の生活では一生行くことのできないであろう「夢と魔法の世界」を、ふたりの少女が駆けていく。

この先は映画では描かれない。描かれなくていいと私は思う。これはいってみれば彼女らの「明日に向かって撃て!」であり、あの疾走にこそ意味があるのだと思うからだ。そう、疾走の果てに物語が閉じる、夏祭浪花鑑をどこか彷彿とさせる。私がこのシーンで泣いてしまったのも、だから無理のないことなんだとおもう。

ウィレム・デフォー、前評判に違わずすばらしい演技。繰り返すが、ゆらゆらと揺らめかざるをえないこの映画の大人たちのなかで、デフォーの演じるボビーがいることが、観客をどれだけ助けたかわからない。良い映画でした。

「切られの与三」

勘九郎さん不在のコクーン歌舞伎は「与話情浮名横櫛」通称「切られ与三」を七之助さんの与三郎で上演。演出は変わらず串田和美さんですが、今回は補綴に木ノ下歌舞伎の木ノ下裕一さんが入られました。なんでも七之助さんが引っ張ってこられたらしい。相変わらず中村屋さんのところはアンテナが高い。

歌舞伎ではもっぱら木更津見染の場と源氏店のみがかかりますが、今回は与三郎の人生を定点カメラのように追いかけ、普段はかからない「その後」までも含めて見せてもらえたのがよかったですね。見染と源氏店は観たことあるんですが、その前段も語り手がああでもないこうでもないと言い合う形ですっきり見せてくれるのでわかりやすいし、後半の展開もそ、そんなことになるとはー!という驚き満載でした。このあたりは補綴に木ノ下さんが入られた効果絶大だったんじゃないかと思います。

与三郎の変貌ぶりも面白かったですが、お富ってこんな面白いキャラクターなんだ!というのも嬉しい発見でした。いやー源氏店見ているだけではとても想像が及ばなかった。梅枝さんのお富、よかったなあ。どこかに婀娜なおんなの色気を湛えていて、あの「ひとはそう簡単に死にゃしないよ」とささやくところ、ゾクゾクしました。いい!芝居もきっちり歌舞伎味を失わないながら、テンポや間が抜群なので周囲から浮いているわけでもない。あと声がいいよね~。七之助さんも声がいいので、このふたりのシーンは耳の正月でした。

歌舞伎のお約束というか、「実は!」な展開がやっぱりこのお話にもあるんだけど、最終盤の「実は!」に「いやまさかそんなご都合主義な」となるところ、まさかのその展開を蹴って、受けた傷ごとおれのものだ、と啖呵をきって駆けていく、という展開になるのに驚かされました。そこからの疾走に次ぐ疾走は串田さんが好きな展開、演出的にも見せたい展開なんじゃないでしょうか。串田さんはもともと自由劇場出身で所謂アングラ演劇を出自としていらっしゃるし、世話物とはいえ、いやだからこそかもしれませんが、どこかにその構造に風穴を開けたいというような思想、思考があると思います。そう思うと、勘三郎さんが持っておられたどこか一点突破するような、理屈ではない情熱の迸りのようなものは、串田さんの演出スタイルとの相性が抜群だったのではないか。そして、そういった芝居の性質は、じつは勘九郎さんよりも七之助さんのほうが色濃く勘三郎さんの芝居の質を継いでいるのではないか、というようなことを観ながら思いました。駆けだしていく一瞬の与三郎の見得にはそういう力があった。

あと、なんといってもラストシーンがすばらしい。「切られ与三」といえば、な名セリフを、もちろん劇中でちゃんと聞かせておいて、かつ最後にあのリフレインにもってくるところ、うまい。うますぎて膝を叩く思い。まったく同じセリフですが、こうも聞こえ方が違うか!という意味でこれは演劇にしかできない趣向ですね。最初の「よくまあおぬしは達者でいたなあ」はお富への揶揄なのだけれど、最後に繰り返されるこの台詞は感嘆であり、愛情であるのだというのがひしひしと伝わってくる。そういう意味では、これも疾走の向こうを描かない芝居であって、私のツボにぐっとはまる部分が多くありました。

七之助さん、梅枝さんはもちろん、扇雀さん亀蔵さんのお力添えの大きさ!笹野さんの蝙蝠安もよかった。そして木ノ下歌舞伎でお馴染みの武谷公雄さんが幇間の役で出ていらして、出演されていたのを知らなかったので、はっ!この人好きなタイプ!とか思ってたら武谷さんだと幕間で判明。好きなはずだよ!

「図書館的人生 vol.4 襲ってくるもの」イキウメ

定期的にオムニバス演劇を上演してくれる、イキウメはほんにありがたい劇団ですじゃ。図書館的人生のシリーズ大好きです。

今回は3篇の短編作品で、1本目から順に年代が下がっていく。最初の「箱詰め男」、すべての記憶をデータにして…ってあたりで「ゾラ…」とか思ったウィンターソルジャー脳は俺だけでいい。どれだけその人物のすべてを移植しても、「人間らしさ」は欲望からくる、そしてのその欲望は感覚から生まれてくる、という展開、さらにその感覚に「嗅覚」を持ってくるうまさ。記憶ともっとも密接に結びつくと言われる嗅覚、香りを契機に、ふたをしたはずの思い出までは鮮明に、正確によみがえってきてしまう。

「忘れる」って人間に与えられた恩寵だと私は思っているんだけど、まさに「忘れられない」どころか「曖昧にもできない」恐怖が終盤舞台を覆う、その恐ろしさたるや。

2本目「ミッション」。今回の3本の中ではこれがいちばん面白かった。面白かったというか、身につまされる部分がひょいっと自分をかすめそうになる感覚があったというか。自分が抱く「衝動」に意味を見出す、意味を見出すということはイコール正当化するということでもあって、輝夫の言い分はグロテスクでさえあるのだけど、とはいえそのきっかけとなった出来事、入院中の母に対する「おやすみ」を言い損ねた日に母がこの世を去ってしまうという、そういったジンクスめいたものに縛られてしまう感覚って、きっと誰にでもある。だとしたら、その私たちと輝夫との境目はどこなのだ、と思うと苦しかった。なので、最後に佐久間に一刀両断されるところはどこかホッとした気持ちで観ていたなあ。

3本目「あやつり人間」。親の病気をきっかけに…という、感覚としてはまさに今ナウ自分たちの問題、というような物語なので、うまく突き放して見られなかったかもしれない。ただ見ている、ということは想像の上だけでもなかなか難しそうな気がする。とはいえ、「戦う」のではなく「仲直りする」という言葉にはふっと軽くなるものがあった。

3本を通じて時間軸は過去に戻るんだけれど、最後の話のしっぽをぐっと最初のはなしと繋げたような感覚があり、こういうのがオムニバス演劇の醍醐味よな~!と思ったりしました。あと時間が遡行していくので、あとから「何があったのか」ってのがわかるのもうまいですよね。フックの散りばめ方が相変わらず絶妙。

イキウメ役者陣がいい声揃いなのは自明の理なんですけど、今回千葉雅子さんが客演で加わってかなり芯になる存在感、すばらしかったです。田村健太郎さんの「いいやつ」と「うざいやつ」の隙間を駆け抜けていくような芝居もツボでした。来年は「獣の柱」再演だそうですよ~!

「ワレワレのモロモロ ゴールドシアター2018春」

2016年の年末にアトリエヘリコプターで見た「ワレワレのモロモロ・東京編」がむたくたよかったので、それを今度は岩井さんがゴールドシアターと組んで!ということでこれはマストでしょー!と遠征パズルに組み込みました。いや、地方から遠征で出かける組にはなかなか大変なんです、さい芸を遠征に組み込むのは…(笑)

基本的な構成はハイバイの「ワレワレのモロモロ」に同じく、演者が書いてきた脚本を演出家が構成していくスタイル。ゴールドシアターの面々が「書く」!というだけでも興味をそそられるし、それを岩井さんがどう組み込んでいくかというのも興味津々。

書かれた面々の年代からして、戦争にまつわる記憶のようなものは当然出てくるだろうと予想していたし、実際終盤の展開はそうなったのですが、それでもそのうちの一本は戦争の記憶というよりも「空腹の記憶」に連なるところが多かったこと、大枠を「新しい左開きの冷蔵庫に買い替える」という話でくくる構成にしたことが実によく効いていて、最後に重さだけを渡して突き放さないあたりは岩井さんの品の良さだなあと思ったりしました。

老女(敬意を込めてこう書かせていただきます)ふたりのセーラー服というのは、それだけで一種劇的なものがあり、カフェでふと見た後姿から「かつて」をおもう「友よ」も印象に残りましたし、「パミーとのはなし」には泣かずにいられない!という感じになりましたが、個人的に一番光る作品だなと思ったのは田村律子さんの「無言」でした。この作品にどこかユーモラスな部分があるというのも気に入った理由の一つですが、しかしここで書かれたユーモアが、ある老人が狭いアパートでたったひとり、役者としての活動を志しながら暮らしていること、に立脚していることが大きな理由であるように思えます。同じことを20代の若者に置き換えたとしたら、この作品はまったく光るところのないものになるんじゃないでしょうか。そしてもうひとつ、この「無言」がもっとも書き手として観客に対してオープンだなと思ったことも大きいですね。よほどの筆力がある職業作家でない限り、なにかを物語るときには作者がどこまで痛みをもってこちら(観客)にオープンでいるか、というのは大事なことのように思えます。

とはいえ、実際に「書く」となったら構えてしまうのが人情という気もしますし、もしまた「次」があれば、もっと身近で、かつ彼ら彼女らにしか書けない物語が出てくるのではないかなあという気もします。あと、次があるのであれば岩井さんに一本、ぜひ書いてみていただきたい!私は短編演劇大好き、オムニバス演劇大歓迎マンですので、この「ワレワレのモロモロ」はゴールドシアターのみならずいろんなところでトライしてもらいたいとおもうスタイルです。

宝塚月組「カンパニー/BADDY-悪党(ヤツ)は月からやって来る-」千秋楽ライブビューイング

最初にお断りしておくと、私は芝居は観るけれど宝塚にちと縁遠い(観たことがないわけではないけれど全然詳しくない)という状態、全然詳しくないどころかいわゆる「ミリしら」な状態でして、それでなんでこのライビュに足を運ぼうかと思ったかというと友人の書いたこのレビューを読んだからです。
d.hatena.ne.jp
すごい。ツイートした時も書いたけどこんなにシアターゴアーを「行きたい気にさせる」レビューってあるでしょうか。千秋楽ライビュのチケットまだ売ってます!というのもその友人から教えていただいたのでした。というわけでミリしら状態のまんまライビュにお邪魔した感想のメモ書きでございます!

  • 「カンパニー」。白鳥の湖でスタートしたのでバレエものなのねと思ってるといきなり通勤電車風景になるという急展開
  • スーツにリュックってスタイルというサラリーマンあるある…!リアリティ!
  • 企業後援のスポーツ選手の突然の妊娠出産、企業後援のバレエ団の窮状、CM起用タレントとのあれやこれや…り、リアリティ…カンパニー(会社)というタイトル文字通りやった…すごい宝塚こんなリアルリーマンものもやるのか…という驚き
  • バレエ団の公演での企業窓口みたいな立場に追いやられる主人公。読めた!これはなんか人手不足で急遽彼がバレエの猛特訓をしてステージにという展開に…ならねーー!!!ならなかった!!!さすが舞台畑の筋書でそんなご都合展開許すわけなくてよ的な!
  • それにしても出てくる人出てくる人みんな…ひざ下…なが…ながすぎる!本当に脚が長い人って膝下が長いよね(私調べ)。途中でCMに起用されているタレントが歌い踊るみたいな場面があるんだけど全員そろいもそろって膝下長い。ってどこを見ているんだお前は
  • よくある展開っぽいのに(電車で助けてくれた人を好きになるみたいなテンプレあるし)、ところどころ「そうくるー!?」みたいなところがあるのが面白かったです
  • 「新解釈白鳥の湖」に「わかるわかるマシュー・ボーンスワンレイク的なことでしょ」と思ってしまって申し訳なかった
  • 言って見ればバクステものでもあるので、初日の成功で終わるかと思いきや千秋楽前の無謀なチャレンジと残り1幕の代役みたいなところにもってくるのもすげえと思いました
  • あそこでもう1回「まさか主人公がこれでステージに!?」と一瞬思ったけど(だってバレエのレッスンしてたし)、微塵もそんな展開にならないので本当清々しい
  • 「BUDDY」。「わるいこと」がなーんにもない滅菌消毒された世界に悪党がやってくる、って筋書がまずめちゃくちゃうまいなと思いました。いかようなサブテキストもそこから読み取ろうと思えば取れる、でもそれを読み取らなくても世界観として成立しているっていう
  • グッディめっちゃかわいいな…と思いつつその名前マグニフィセント7のイーサン・ホーク思い出すやつー!ってなっててごめん
  • バッディの登場シーン、これ絶対好きなやつですやん!音がしそうなほどキメたトップスターがグラサンにくわえタバコ…拝む…
  • しかも!これバッディ一味全員がくわえタバコで踊りまくるっていう、このご時世にこんなものを見せていただいてーー!!!ありがとうございますーー!!とくわえタバコが死ぬほど好きな私は悶えました。悶えました。くわえタバコで踊るの、なにがいいって、踊る時ちょっと噛むような感じになるじゃないですかタバコを。そうすると口もとがじゃっかん開くじゃないですか。それ!それが!!
  • エロい!!!(フォント大きくしてまで言いたかったのかい)
  • おまけにシガーキスまでやってくれるとは…マジの尊い案件…
  • あと登場したときから思ってたんですけどリアルマライヒみたいな人がいますよね。みたいなっていうか、あれマライヒでしょ!?そうなんでしょ!?と言いたくなるぐらい、男なのに女性的、いや中性的というかいやでも中性的っていうよりもなんかもっと違うアレ!
  • たぶん二番手の方なんじゃないかと思うます(そんなことも 知らないで すいません)
  • バッディとグッディの駆け引きめいたやりとりよかったな~
  • グッディが自分の中の怒りに目覚めてその感情のほとばしりに生きてることを実感するあのロケット、グッディが最初の振り返ったときの目つきでもう満点出るやつや
  • しかも最後のふたり、知ってる!これ刑事と犯罪者、追う者と追われる者の間に何かが生まれるやつ!うすいほんでみたことある!おれはくわしいんだ!
  • 最後に皆さんが羽根背負って出てくるときに持ってるシャンシャンがなんか、白いもけもけしたやつがついてる?と思ったらタバコを模してたっていうのがわかって思わず心の中で大拍手しました。すごい。かっこいい。
  • しかも最後もトップの方あの羽根にかつグラサンでキメてくださっててひや~~~ありがたや~~~~ってまたもやなった私だ。あのティアドロップ型のサングラスってほんと人によっては大事故になるけどいやはやさすがに最高にお似合いでしたね!

最後の挨拶のときに「いろんなご意見をちょうだいした」みたいなこと仰ってたし、激しく深く愛される作品は同じぐらい反発も生むよなあ~とも思ったりしたけど、最初にも書いたように「どうとでも取れる」という余地をきっちり残して観客に託している姿勢がすごいし、すてきだなと思いました。演劇が提示できるのは回答ではなく疑問だけ、と野田秀樹さんがつい先日仰ってましたっけ!

インフィニティウォーいろいろメモ

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ふり返ったらシビルウォーのときも似たようなことやってて人間全然成長しない。だっていろいろ書いておきたいじゃない!ということで以下ネタバレしかないからね!マジで一行目から鋭くネタバレてるので気を付けてくだぱい!

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