「宇田尚純のひとり語りvol.1」

  • HEP HALL  33番
  • 出演  宇田尚純

公演の直前に宇田さんがこれを区切りに役者活動をしばらく休止するという知らせがありました。まったくそんな話ばかりでいやになる。

ひとり語りの企画を聞いたときに、行こうかどうしようかちょっと迷ったんですよ。というのも多分、UDAMAP的なものになるんだろうなぁと思ったし、公演のおまけとしては素晴らしく楽しいけど、あれを2時間観るというのもどうなのか?と思ったからなんですが。それでも結局前売りを買ったのは、宇田さんへの思い入れと、アプリコットへの思い入れと、シャトナーさんへの思い入れと、ひいては私のピスタチオへの思い入れのためだった気がします。

でも。でーもでもでもでも。
あたしは本当頭を下げて謝りたいですね。そんな「見に行ってやるか」ぐらいの気持ちでいたことを。参りました。完敗です。マジで。こんないいもの観させていただいてありがとうって感じです。参ったよ。ごめんよ。あんたすごいわ。

演目は「寅次郎恋歌」「朗読劇場『注文の多い料理店』」「パリ・テキサス」「朗読劇場『中坊公平 私の事件簿』」「幸せの黄色いハンカチ」の5本。
「寅次郎」はまあ、予想通りと言うことで(笑)「パリ・テキサス」の映画は私見たことないんですが、宇田さんがやってるのみたらすごく観たくなってきた。覗き部屋の鏡越しの再会なんて泣けるじゃないですか!朗読劇場は注文の多い料理店も良かったけど、私の事件簿がとにかく凄い。もーのすごく引きつけられましたよ。これをチョイスした宇田さんの眼は確かだと思いました。客席がどんどんどんどん集中していくのが手に取るようにわかった。

しかし!!!なんと言っても凄いのは「幸せの黄色いハンカチ」!!これすごい。これだけでも見に行った価値ある。「寅次郎」も「パリ・テキサス」も宇田さんは基本的によけいな話をせずに、映画の印象的なシーンを再現してくれてたんですが、「幸せの・・」は冒頭からいきなり学生時代の思い出バナシから披露して(笑)、ものすごくくだけた雰囲気。「このシーンがいいんですよーー」とか感想入れてくれたり。私たちはにこにこ笑いながらそれを観ている。宇田さんもにこにこ笑いながら、友達に話すように映画のストーリーを教えてくれる。欽ちゃんと朱美と勇さんの出会いを。勇さんの過去を。
しかし突然、その穏やかな調子が一変する。夕張に向かうことをためらう勇さんを朱美が説き伏せ、もう一度夕張に向かって車がターンを切った瞬間から。宇田さんの高い声がもう一オクターブ高くなり、明らかに今までとはテンポを変えて、宇田さんが熱をこめて夕張に向かう朱色のマツダファミリアを描写する。まっすぐに続く道、青い空、緑の大地、黄色いタンポポ、朱色のマツダファミリア。私の目の前に、映画を見たときよりも鮮やかにそのシーンが甦る。涙が溢れ、身体が震える。たった一人の人間が、ここまで力強く何かを語ることにただ、胸を打たれる。

宇田さんがまた舞台に立つ日があるのか、それは私にはわからない。宇田さんにもわからないことかもしれない。だけど、私の心の中から、颯爽と宇宙を疾走していた逃がし屋ジゲンの姿が消えることはないし、「ブラックバーボン、カッときますぜ」と言った宇田さんの声が消えることもない。「勇さんこの道まっすぐでいいの?」「まっすぐでいいんだ」このセリフを聞いた瞬間に溢れた涙も、私の中からは消えない。舞台は終われば何も形に残らないけれど、だからこそ永遠に形に残らない何かが残るのです。
たくさんのいろんなものをありがとう。でも私は我が儘で欲張りだから、まだ、たくさんもらいたいの。その日がくるのを、きっと待っています。

その後コンスタントとまではいかないまでも、時々舞台の方で拝見しております。よかった。