「贋作・桜の森の満開の下」

  • 新国立中劇場  4列39番
  • 作・演出  野田秀樹

ちょうど先日発売になったばかりの、ユリイカの総特集野田秀樹号に野田さんの演出ノートが載っていて、今回の「桜」のノートにこう書かれている部分がある。

「耳男と夜長姫の桜吹雪の中の”舞い”とでも呼んでよい殺しの場は初演と形が似ていて構わない・・・・つまり、違う役者によっても形が再現されうるものかどうか、・・時の流れに耐えうるものかどうかと関わってくるからだ。」

多分もうこの一文で、他に書くべき事なんて実はなんにもないような気もする。
「贋作・桜の森の満開の下」は凄絶なまでに美しくて、哀しくて、オソロシクて・・・・時間の流れも時代の流れも関係なく、やはり、傑作、大傑作だった。

なにがどう、とかあまり上手く書く自信がない。最初はやっぱり、不安だった。だけれどもあのセット、あの奥行きのある新国立の舞台の奥の奥から、耳男が飛び出してきた瞬間になんだかいろいろと考えていたことも全部吹っ飛んでしまった。今回の装置は素晴らしいです。もちろん、劇場の構造上見切れてしまう席があっただろうし、ベストじゃないのかもしれませんが、でも、やっぱり素晴らしかったなぁ。本当に桜の森がそこにあると感じることが出来た。夜長姫の登場のシーンの美しさもちょっと忘れがたい。

すべてが、パーフェクトだったとは言えないのかもしれないけれど、でも私は、最後の二人のシーン、桜吹雪の真ん中で振り返った夜長姫が鬼面になる瞬間、やっぱりどうしても、鳥肌が立って、身体が震えてしまう。そんな瞬間を味わえるなんてそうそうあるものじゃないですよね。「鬼火をかざせ!」の場面もそう。あの完成された美しさ。すごいよ。

そういえば、音楽をほとんどまったく変えていなかったなぁ。それも含めて野田さんが前述のノートで書いていた「この作品は初演時に形式の美を創り出している」ってことなんだろうと思うんだけど。私にとって桜の作品と音楽はわりと深く結びついているので、それを変えなかったというのは個人的にはとても嬉しかった。

役者さんは、私の中では殆ど言うことがない。素晴らしかったと思います。深津さんや堤さんが毬谷さんや野田さんより良かったなんて言う気は毛頭ありませんが、しかし、この二人の若さならではのものは十分でていたと思う。やっぱり、若い力でないと出てこない表現だってあるんだなぁと思いました。深津さんは、きっと一番プレッシャーもあって賛否両論もあるんでしょうが、でも私は、いま夜長姫をやれるのは深津さんぐらいなんじゃないの、と一瞬思ってしまった。それぐらい彼女には力がある。堤さんは、いままでわりともし遊眠社なら上杉さんがやっていたようなポジションをやることが多かったけど、実は野田さんのアトガマの方がはまるのね、と思ったり。今まで見た堤さんの舞台の中で、一番好きです。ほんと。

古田さんのマナコは、もうキャスト聞いたときからはまるだろうなーーーと思って居たんだけど予想通りに素敵でした。じつは、桜の作品の中で一番好きなセリフってマナコのセリフなんですよ。「鬼の息吹のかかるところがないと、この世はダメな気がする」ってやつ。最後の立ち回りはもうお手の物だし。オオアマもよかったなーー!入江さんマジ格好いかったです。最後の方とか鳥肌たちまくり。実はものすごく声が通る役者さんなんだと改めて気が付きました。鬼鬼どもはねぇ・・・若干ズルイところもありつつ(笑)あーーでも犬山さんはうまかったなぁ。声がほんと変化自在って感じで。大倉さんは笑いをもっていきすぎてて流石でした(笑)

最初の野田さんの言葉に戻ってしまうんだけど、多分この作品にはいろいろな解釈が出来て、ものすごく奥の深さを湛えた作品なのだろうなぁとは思うのだけれど、私にとって大事なのは物語とかテーマとか役者ではなくて・・・もちろんこの作品に限ってはということなんだけど・・・完成された美しさ、というものののような気がするんだよなぁ。どんな言葉で語られるよりも、あの舞台上に一瞬で現れる「美しさ」に叶うものはないというか・・・。

全く関係のないことかもしれないけど、カーテンコールのとき、最後に野田さん1人が出てきて、満場の拍手で、一礼して振り返って野田さんが去っていくとき、桜の花びらを舞い上げながら桜の森の満開の下へ駆けていく野田さんの後ろ姿を見ていたら、本当にどうしようもなく泣けてきて困った。

この作品は、きっと、何度でも甦る。これからもきっとまたあの満開の櫻の下で逢うことがあると思う。あなたは、どこで桜の森に出会いましたか。89年の日本青年館で、南座で、それとも92年の青年館で、中座で。2001年の新国立で。もしかしたらまだ出会ってないのかも。私もまだ、もしかしたら最高の桜の森に出会ってないのかもしれない。そう思える作品を創ってくれたことに、本当に感謝したい。そして、また逢いたい。何度でも。

  • 06/16  新国立中劇場 5列33番

次に生まれ変わるのは・・・歌舞伎座か!?