「彦馬がゆく」 パルコプロデュース

  • シアタードラマシティ  7列38番
  • 作・演出  三谷幸喜

例えば芝居を見て、その瞬間から何かが劇的に変わるとか、具体的に自分に影響を与えることっていうのはそうそうないような気がする。もちろん、前を向く力をくれたり、その日あった嫌なことを忘れさせてくれたりはするんだけど、そういう漠然としたことではなくて何かがはっきりとその日を境に変わるようなこと。
私は8年前、この舞台を見たその日から写真が好きになりました。
いや違うな。あの日から、私は写真の中に写った自分を好きになれたんだと思う。

前回観たモノに物凄く思い入れがあると、再演がフクザツだったりしない?と友人に言われたんだけど、ことこの「彦馬」に関しては不思議なくらいそういう感情なかったです。ああ、また会えるんだーーー!ってその喜びでいっぱい。だからオープニングのタイトルが出てきた瞬間にそれだけで泣きそうになってしまって押さえるのに必死でした。再演に当たって「かなり変えた」と三谷さんは仰ってたんだけど、でも物語の芯はそのまま。もちろんサンシャインの時は2時間強の上演時間だったんで、それだけでもかなり違うと言えば違うんだけど。でも神田家の人々や幕末の人物たちの造形や、細かなエピソードとかも記憶にあったものだったので、一個づつのシーンを丁寧に作り直してらっしゃるのかなという印象を受けました。

物語の舞台はいまにも明治維新を迎えんとしている江戸、神田の写真館。写真館の主人神田彦馬は客の思想や身分に関係なく写真を撮る。そしてどんな人物にも、どんな場合にも必ずこのセリフを言う。
「人生で最も愉快だった時のことを思い出して下さい。」

実直にまっすぐに生きる神田家の人々と、その横を走り抜けていった幕末の英雄たち。決してとおりいっぺんなイメージではなく、あえてその真逆な人物像を描いてみたり、英雄ならではの残酷さをきちんと書いているところ、そこがまずもうしてやられた、って感じなんですよね。特に坂本竜馬という人物は、ファンも多いしイメージもかなり出来上がっている部分が多いと思うんだけど、それをああいう竜馬像を出してくるっていうのが凄いよね。でも私は、それこそ劇中のセリフじゃないけれど「時代を変える」ことの厳しさ哀しさをあの竜馬には感じることが出来て大好きなんですけども。
逆にいえば、だからこそ「変わらない」彦馬の静の凄さというか・・・それも引き立ってくるような気がするんだよなあ。終盤、竜馬と神田家が相対する時のあの彦馬の態度。写真師は絶対に自分の撮った写真を粗末にしては駄目だと諭す声の迫力。文句なしに格好いいです。3時間半殆ど笑いっぱ、なのにこんなにも心に迫るものがあるなんて・・・つーかほんとすごい脚本だよこれは!!

それに加えて今回はキャストがもう最高で。小日向さん絶妙!!っていうか彦馬そのものじゃんよ・・・先にも書いたあの終盤のシーン、すごい好き。酒井美紀ちゃんも最高。小豆には今回泣かされっぱなしだよ。ブーツ・・ああああ(号泣)。キャストに筒井くんの名前を見た瞬間から金之助だろうな〜はまるよ〜と思っていたんですが、もう予測通りで。あの訥々とした喋りが活かされてた。瀬戸カトリーヌさんも良かったなぁ、あの歌も、「捨てました、分別!」ってところも。そして忘れちゃいけないのが陽兄ちゃんだよねーー!!実をいうと伊原さんのへなちょこ兄ちゃんぶりが早く見たくてしょうがなかったの。ああもう、まさに!!って感じだったなあ。ぬけ作で愛すべき人をやらせたら右に出る人いないかも(笑)
竜馬の松重さんは、前半のミョーに気のいい兄ちゃんぷりと、後半のド迫力竜馬を拝めて、一粒で二度おいしいって感じ。温水さんの西郷、本間さんの高杉、大倉さんの伊藤は時間さえ許せばもっと見ていたかったなあと。文句があるとすれば出番が少な目で哀しい・・・ってぐらいです。で、桂ね(笑)なんつーかもう・・・コメント不能。面白すぎ。持っていきすぎ。カーテンコールまで見せてくれちゃって・・・大好きだーー!梶原善!!ほんと三谷芝居にこの人アリだよねえ。

最後は阿南さん。実は、私がこの芝居でどうしてもどうしても忘れられなかったのが、最期の近藤のあの笑顔なんです。人生で最も愉快だったときの顔がどうしてもうまくできない近藤が、武士が笑うのは死に場所を見つけたときだと言った近藤が最期に見せるあの笑顔。綺麗で、透明で、穏やかなあの顔。彼はあの時何を思っていたのか。時間にするとほんのわずかな間のあのシーンの、あの笑顔がどうしても忘れられなかった。また会えた、それだけでも本当に嬉しい。真っ直ぐで不器用な近藤勇、阿南さんは本当に近藤勇そのものだった。本当に本当に、素晴らしかったです。

最後に神田家で撮った記念写真。「この写真は、今でも僕のアルバムの一番最初のページに貼ってある。・・・父の写真の中では、みんな人生で最も愉快だった日のことを思い出している。」このセリフが、この作品の核なんじゃないかなあと思う。少なくとも、私にとってはそう。あれからいろんなことがあった、だけど、と語られるこのセリフが、私は大好き。いろんなことがある。多分これからも。だけど、と私も言いたい。

八年前のあの日から、私にとって写真は「人生で最も愉快だった日の自分」にもう一度出会えるものになりました。
ありがとね。

素晴らしくハマリにはまったキャストで再演して下さって、幸せでした。でもって、この舞台の出演者、殆ど新選組!に出てますね(笑)