「海賊」グリング

  • 大阪芸術創造館 全席自由
  • 作・演出 青木豪

ネタバレしているので、明日の千秋楽をご覧になる方はお気をつけください。
とある線路の終着駅にある町。駅前にある理容室は電車待ちの人たちの喫茶スペースも兼ねていて皆の格好のたまり場に。その店を経営している主人の兄が、町の小さな祭りを口実に突然帰郷してくる。予期せぬ来訪に戸惑う人々。そこへ、とある事件が起きて・・・。
人生のなかできっと誰もが経験する、絶望と救済の一瞬を、見事なまでに表現しきった舞台。これは確かに傑作です。

設えられたリアルな理容室のセットの中で、これまた自然に会話を積み重ねていく役者達にあっという間に引き込まれます。登場人物達の何気ないエピソードが自然に提示されるのがなんともうまいのです。
一見和やかな地方のコミュニティに見える彼らの中に、猜疑心や身内ならではの割り切れなさ、そして地方都市独特の閉塞感が見え隠れしてきて、後半は何気ないシーンでもあまりの緊迫感に息が詰まりそうになりました。
そして素晴らしいのは、その緊迫感のなかに信じられないぐらい美しさを感じるシーンが織り込まれていることで、多くのひとがそうだと思うのですけど、峯村リエさん演じる充恵と中野英樹さん演じる茂が、ウクレレムーン・リバーでフラダンスを踊るシーンは本当に言葉にならないほど「きれい」だと思ったシーンでした。

人生には「もうどうにもならない」と思う瞬間があります。私にもあるし、他のたくさんのひとにもあるでしょう。それぞれが抱える問題がどんなものなのか、というのはこの際問題ではなく、そう感じてしまう瞬間がある、ということが大事なのです。この芝居の中で、突然帰郷してくる兄、茂はそういう瞬間に見舞われてしまいます。道が見えず、自分の居る場所はどこにもない。誰も自分を必要としていないと思う瞬間に。鏡の前で突然に彼が慟哭してしまう気持を思うと、今でも涙がこぼれてきそうです。

だからこそ、そのあとの偶然の救済が本当に胸に沁みるのです。私は庄司薫さんの「赤頭巾ちゃん気をつけて」が人生のバイブルと思うほどに大好きなのですが、笹野さん演じる百合ちゃんがカナリアイエローの紙袋をもって現れたとき、ああ、これは赤頭巾ちゃんのカナリアの女の子だ、と思ってしまい、そこからもう涙が止まりませんでした。百合ちゃんは茂を助けようと思って助けたのではなく、ただ二人は自分の傷をそっと見せあっただけなのだけども、だからこそ茂は一歩だけ階段を上ることができたのだと思います。

役者の方々の、誰、というのをあげるのを躊躇われるほど皆さん適材適所で素晴らしい。弟役の永滝さんなんて、MOPで何度も拝見しているはずなのに、すいません「この役者さん素敵だわあ」とか思ってました。お名前見てびっくりですよ!峯村さんも、見慣れたナイロンでのお姿とは一味もふた味もちがうしっとりした美しさに惚れ惚れ。そしてなんといっても、百合役の笹野鈴々音さんと、茂役の中野英樹さんが素晴らしいです。笹野さんのキュートさに救われたし、中野さんの体現するひりひりした孤独感は身につまされました。

「事件」があまりにもタイムリーに過ぎて、どうしたって現実の事件が頭をよぎってしまうわけですが、ある意味不幸なこのタイミングを乗り越え、まったく違う着地点をきちんとみせてくれた手腕にひたすら感じ入りました。