「蛮幽鬼」新感線

やっぱり演舞場といのうえさんの相性はいいなあと改めて実感。よかったです。以下ネタバレですが、本当にキモの部分までネタバレしている(台詞も含めて)ので、未見の方は回避で!
元のネタが巌窟王モンテ・クリスト伯なんですが、それをうまく活かした脚本だなあと思いました。モンテ・クリスト伯が牢獄で出会ったのがレクター博士のような人物だったら?という発想から書き進めたそうですが、それが見事に功を奏しているなあと。

いのうえ歌舞伎に限らず、新感線は基本的に「勧善懲悪」の世界を今までは描いていて、だからこそ話が面白くなるかどうかの大きなポイントに「いかに魅力的な(強い)悪役を設定することができるか」というのがあったと思うんですよね。髑髏城は、古田vs古田という構図を生み出したからこそあそこまで最後のシーンにカタルシスがあるんだと思いますし、おポンチものの傑作である轟天2もそう。阿修羅城も、「阿修羅」という決定的な「強者」の存在があるからクライマックスが生きるんだと思う。
いのうえ歌舞伎が「勧善懲悪」を指向せず、人間ドラマを全面に打ち出すようになってきているとはいえ、物語としての面白さ、演劇としての面白さを成立させるためには「誰と戦うか」っていうのはやはり重要な命題であるわけです。「朧」があれほど完成度が高かったのは、その構図を逆に活かしているからだとも言えるのではないかなあと。
そういう意味では、この蛮幽鬼には非常に魅力的かつ凶悪な、乗り越えなければならない存在を生み出すことに成功していて、それが復讐譚であっても、単に復讐のみを果たす気持ちよさで終わらせていない要因だと思うんですよね。だって復讐譚だから、復讐が成功することはもうある意味わかりきっているわけですよ。もちろん悪人を追い落としていく気持ちよさのみを追求するやり方もあるでしょうが、そうはしていない。そこが個人的に今回の舞台を非常に面白く観られたところでした。

主人公が罠にはまり艱難辛苦の10年を送る、というところを説明する最初の30分がだるいといえばだるい(笑)場面が入れ替わるので、この部分だけスクリーンでの映像が多用されるんですよね〜。しょうがないのかもしれないけど、私は新感線のあのスクリーン使いがどうも好きになれないので、そこはがまん!という感じなんですけど。そのあとは転換のときには花道での芝居をうまく使っていてスクリーンでの説明がなくホッとしました。

細かいところではいろいろ気になるところもあったりもします。刀衣のバックボーンとか、蔵人と土門の関係にもうちょっと何か土門側に「昔の友」への苦渋が見えてもいいかなとか(今だと蔵人が一方的に崇拝してただけっぽく見える)、土門の「俺を信じてくれなかった」のあたりはもう一歩踏み込んで!とか。でもまあ些細なところなのかな。1幕後半から2幕の物語の流れは圧倒的ですばらしい。欲を言えばもうすこし個々のキャラクターに萌えどころがほしいよねっていうだけのことなんで(笑)

最後のサジと土門の立ち会い、ここはまだ監獄島じゃないか、という台詞をもってきただけでもう勝ちだよなっていう。いろんな意味にとれますよね、俺はまだ復讐を果たしてはいなかったって意味にも、復讐にとらわれている限りはあの苦しみから逃れられないんだって意味にも。ビニールを使ったセットは確かに微妙感あるんだけど(近くでみると余計にね・・・)、でもこの台詞を生かすにはあれぐらい象徴的なセットのほうがいいのかなあとも思ったり。そのあとの台詞も本当によかった。お前は誰の名前も呼んだことがなかった、今度出会うときには本当の名前を教えてくれ。本当の名前?ないよそんなもの。あんたにはあるのかい?

役者さんについて。毎回ほんとすごいなって思うんだけど、じゅんさんのあの持っていきっぷりは本当にすごい!じゅんさんが出ているだけでもはや安心するレベル。聖子さんはこの芝居いちばんの泣き所をひとりでかっさらっていっていました。はー。粟根さん、久々に姑息かつ小物感満載の役で堪能しました。あの最後の浮名とのやりとり、なんという卑屈を絵に描いたような!見事です。あと、表の顔から裏の顔まで、終始静かな芝居を展開しながらもその佇まいをがらりと変えてみせる千葉哲也さん、最高でしたね。相変わらずいい声だわ!

今回新感線お初だった早乙女太一くん。いや、早晩新感線が目をつけると思ってました。っていうか、つけないわけがないと思ってました。いやはや、あの舞とそして殺陣。素晴らしすぎる。速くて軽い、というだけではなくて、間合いが圧倒的に近い!つまり正確だってことですよね。そして止めたときの姿勢の美しさ、ブレのなさ。止まった姿勢が美しいから動きがより速く見えるんですよ。これは殺陣をつけていても楽しかっただろうなあと。

その太一くん演じる刀衣よりも、さらに最強という位置づけ、圧倒的な強さを誇る殺し屋にキャスティングされた堺雅人さん。あいまいな笑顔を終始崩さず、人を殺すことだけを考える殺人マシーン*1。確かに、殺陣という意味では太一くんのような華麗さはないです。しかし、ひとたび台詞を吐くと、圧倒的に「こいつの方が強い」「こいつの方が悪い」と思わせる力がありますし、最初に書いたように、この蛮幽鬼が最後までテンションを失わずに走れるのは、堺さんの「サジ」がとても魅力的でかつ凶悪な存在であるということに説得力を持たせているからだとおもう。最後の土門との闘いで、ついにその表情を崩す一瞬がとてもよかった。

しかし、上川さんは新感線に出ると必ず死んでしまう役なのね・・・*2。上川さんのもつヒロイックな感じは確かに出門や捨之介みたいな、「荒野の用心棒」的キャラよりも土門のような役に映えるなあと思うし、そして新感線ではそういう主人公はたいてい報われないっていうね・・・(笑)個人的にはこの土門が上川さん演じた新感線の中ではダントツに好きです。途中ちょっと笑いいれてもいいよ的な場面でのイキイキっぷりもよかった。太一くんと立ち会っても説得力のある、派手で大きな殺陣も存分に堪能できて満足です。

今回、演舞場は2階席と2列目、大阪ではど真ん中という図ったような配席なので、大阪でもう一度拝見できるのがとても楽しみ。変えてくる部分があるかないかも含めて、しっかり観てきたいと思います!

*1:スサノオで粟根さんもそういう役やったよなあ〜

*2:天保然りSHIROH然り