「二月大歌舞伎 十七代目中村勘三郎二十三回忌追善 夜の部」

しかしこの座組の豪華さすごいな。この演目は三津五郎さんと福助さん。福助さんって、どうしても色気が先に立つようなお役のイメージが強いんだけど、お里よかったな〜。丁寧に丁寧につとめていらっしゃったような気がしました。沢市がお里を家に帰した後、自分が死んだ後のお里の身を案じ嘆くところ、ひとり崖の上にのぼって決心を固めるところ、素晴らしかったなあ。そのあと戻ってきたお里が必死に沢市の姿を探すところもよかった。しみじみといいお話。

  • 高坏

大好きな踊りを、大好きな勘三郎さんで、ということで楽しみにしていた一幕。こういう愛嬌のある人物をやらせるとほんとに輝きますよね。太郎冠者と大名をも最後には巻き込んでしまうところとか、見ていて幸せな気持ちになります。

  • 籠釣瓶花街酔醒

今まで見てきた歌舞伎の演目の中でも、確実に3本の指に入るほど好きな演目です。これは勘三郎さんの襲名のときに、異常に長い感想を書いたので、もうそれに尽きる、という感じはあるのですが(笑)
見染の場での花魁道中、上手から七越、花道から九重、そして舞台正面の桜の影から八ツ橋と現れる、このシーンはほんとうに一見の価値がある。ただこれを見ちゃうと普通の芝居で出てくる花魁はちょっと安っぽく感じてしまうという難はありますが。花道の横の席だったので、八ツ橋にの七三の笑みもばっちり拝ませていただきました。こりゃ佐野の旦那でなくても魂抜かれますってば。
八ツ橋の愛想尽かしの場面の緊張感、必死に自分を抑えようとする次郎左衛門と、その場のいたたまれなさ故にどんどんと冷えていく八ツ橋の言葉、その座敷を出て行ってからの二人の芝居もまた素晴らしい。あの障子を閉めた後の八ツ橋の佇まい、残った次郎左衛門とそれを心から慰める九重、しかし彼は「ことによったら」とその時すでに気持ちを決めてしまっているのだ。
大詰めでの二人、梯子段を見てきてくれ、と言って八ツ橋が背を向けた瞬間、足袋を脱いで座布団の下に隠すその次郎左衛門の表情。籠釣瓶の一刀のもとに斬られた八ツ橋の、この世のものとも思えぬ美しさ。最後の台詞がこれだもの。「籠釣瓶はよく斬れるなァ・・・」

いい座組でしたし、また勘三郎さんの次郎左衛門に玉三郎さんの八ツ橋、そして仁左衛門さんの栄之丞という三人で見られたことに感謝したいです。美しいもの、愛しいものへの愛情と憧れとだからこその不信をあますところなく見させていただいたという感じでした。


全体的にどの演目にも、役者の皆さんの並々ならぬ気迫というか気合いというか、そういうオーラが舞台を覆っているような感覚がありました *1。1日中歌舞伎座にいて、こんなにしっぽの先まであんこがつまってていいの?といいたくなるほどの充実ぶり。これは三月四月の公演にかけて、ますますすごくなっていきそうですね。私個人としては現在の歌舞伎座はこの二月でさようなら、ということになりますが、でも大好きな演目を、しかも昼夜とも素晴らしいお席で拝見することができて思い残すことはありません。数々の思い出に残る舞台に感謝。ありがとう歌舞伎座

*1:だからこそ、籠釣瓶の愛想尽かしの場で携帯を鳴らしたバカは呪われろ・・・!