「90ミニッツ」

冒頭にこの芝居は実在の事件を元にしたものである、との断り書きがスクリーンに映し出されますが、その元になった事件は大変有名なもので、詳細をどれだけ知っているかは人それぞれでしょうが、大抵の方が事の顛末をご存知なのではないでしょうか。ただそれを知らないとしてももちろんこの舞台を楽しむことはできますし、知っている場合はその事件を思い浮かべながら観るもよし、それを何かの暗喩ととらえるのもいいのではないかと思います。

テーマは「倫理」だと三谷さんにしては珍しく公言されていましたが、ふたりのうちの片方がとにかく一方的で、理不尽で、不可解な要求を突きつけているだけに思えるのに、その「倫理」のバトンがもう片方にも渡される展開がすばらしいです。どちらかが折れれば、というその状況の中で、お互いが自分の中のエゴと「正しさ」の間で揺れ動く。

ある意味極端な題材を取ったことで、つまり「少年の命」という(しかも実在の事件の)絶対的な正義を間に挟んでいることそのものが、舞台への集中力を殺ぐこともあるかもしれないなとは思いましたが、私個人的にはそこに眼目を置かずに観ていた感覚が強かったです。

ラストで、それぞれがこの90分間で手にしたものと、喪ったものを浮かび上がらせるところまで、やはり三谷幸喜というひとはすごいなと思わせる展開でした。

ずっと流れ続ける水のセット、まるで時をはかる砂時計の砂のようにも、命の水のようにも、流れていく血のようにも見えて秀逸。単純なセットですが、このうえなく効果的だったかと。

西村雅彦さんと近藤芳正さん。かつて東京サンシャインボーイズで三谷さんから絶大な信頼を寄せられたふたり。三谷さんはこのふたりに、基本的に同じタイプの役を振る。西村さんはどこか完成されたとでもいおうか、ある種の傲慢ささえ匂わせるキャラクターを演じることが多いですが、劇中それが崩れる一瞬がかならずある。そして近藤さんはずっと芝居を「受け」ながら、劇中のどこかで逆転の一手を指す役をやることが非常に多い。今回もそうでしたね。そして、その演出家の要求におふたりとも見事に応えていたと思います。笑いの大学は三谷演出ではなかったので、西村さんが三谷さんの演出を受けたのは復活公演のreturnsを除けば今回が初。そういう意味でも実現がうれしい公演でした。