「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」

過去上演された三上博史さんのヘド、山本耕史くんのヘドも拝見しております。映画を見たのは三上版を見る前。サントラはその時に買って、映画を繰り返し見るというよりはサントラをずっと聞き込んできた、という印象が自分の中には強いですね。

まず初日が開けたところで「設定が大幅に変更になっている」という速報が飛び込んできまして、その断片を聞くと個人的にはあまり期待を持てない改変だなあと感じたところもあり、若干おそるおそる拝見するような心持ちもありつつ。
以下その改変も含め具体的に書いていますので畳みます。

原作では東ドイツに生まれた少年がその東西ドイツの壁を越えるために手術をし「怒りの1インチ」が身体に残ってしまうわけだけれど、舞台を日本に置き換え、「壁」を「原発の事故によって隔離された地域」に設定しているのが改変の根幹です。壁の中で生まれた戸籍を持たないヘドウィグが外の世界へ出るために…と原作のストーリーに繋げているという。

東西ドイツの壁そのものが、すでに「リアル」なものではないとの判断からこの改変に至ったのではないかと邪推しますが、そして実際この舞台を見に来る多くの若者にとって、ベルリンの壁はすでに歴史の教科書の話なのではないかと思いますが、問題は設定を変えたことではなく、その改変がなんとも中途半端に見えることじゃないかと思いました。物語として追おうとすると綻びがありすぎるんですよねえ。行き場を失った者のスラムと壁に囲まれ抑圧された社会って真逆のような気がするし(全体を通して、抑圧というキーワードは殆ど感じられなかった気も)、突然出てくる爆撃はなんのことだかだし、もっと言えば設定は日本だけど名前は原作のまま。小さいことではあっても、「物語」として積木を積み上げるには細部に目がいっていなさすぎると思うんですよ。

「物語」として見るのならば。そう、この舞台を「物語」というものから外してみると実に魅力的に出来ているんですよね。過去の上演とくらべてここは大根さんの演出に軍配があがる、と個人的に思うのはすべて「音楽」に関することです。今回のバンドの音は素晴らしい。あのヘドウィグの音を実現するという意味では、今回の音がもっとも自分の中ではしっくりくるものでした。曲の中での照明の変化もツボを押さえたもので、より観客の熱をあげることに成功していたと思います。

そしてなにより、これだけ奥歯にものの挟まったようなことを言っていても、この舞台を観に行った方がいいか?と聞かれたときに「はい」と答える理由は、ヘドウィグを演じる森山未來の凄さに尽きます。姿勢、踊り、歌、衝動、すべての場面で自分を見せきるあの身体性はすごい。未來くん自身はこれからもさまざまな役をものしていくでしょうが、28才の彼が今この役を演じているところを見ることが出来る、というだけでこの舞台は価値がある、と私には思えました。

ライブのMCとしての客いじりも達者で、あれだけの爆音が鳴っていても言葉を届けようとする力もまったく見事。シュガーダディで「踊る!?」となったあとからのダンスにしびれたのは私だけではあるまい。私はこの作品で一番好きなのがwig in a boxなんだけど、一段高いステージに立ってのけぞって叫ぶ彼の姿に思わず泣いたよ。それほどの説得力があった。トミーとなって現れてからの肉体の美しさ、midnight radioを歌う姿は映画のジョン・キャメロン・ミッチェルを彷彿とすらさせましたよ…!

イツァークを演じたのは後藤まりこさんですが、ここまで設定を変えたのならもう後藤まりことして舞台に上げた方がよかったのではなんてことも思いました。あれを役としてみるのは個人的にはきつい。未來くんの台詞と後藤さんがイツァークとして言う台詞がなんというか、もう文法が違ってる感じすらする。ライブパフォーマンスとしてはさすがの牽引力なので、引きこまれるところとそうでないところの差が激しいんですよねえ。

しかし、放射能、壁、天使(イツァークの最後の衣装とか天使を意識してるように見えますよね)とくると、第三舞台脳の私には「天使は瞳を閉じて」という単語がちらついて参りました(笑)病気ですね…すいません…

最後の、二人が手をとって光の中へ消えていく…というのはちょっと口ポカンだったんですけど、なんというかこの演出にしてもそうだけど、ヘドウィグの物語にではなくその音楽の見せ方に焦点をあてた舞台だなーというのが全体を通した印象です。

アンコールは(あれはカーテンコールではない)開演前にも流れたピストルズのmy way。未來くんもまりこ嬢も縦横無尽に客席を駆け回り煽りまくる(ここでのまりこ嬢の輝きっぷりはさすがなんですよねホント)、まさにライブだなあ〜!という興奮。当初上演時間105分という話でしたが、すでにこの段階でアンコールを含めずに120分近い上演時間になっており、「ライブ」という側面が強いのでここからまた更に伸びる可能性もあるんじゃないかな?名古屋でもう一回拝見するので、その進化具合も含めて楽しみにしております。