レンブラントの帽子

レンブラントの帽子

レンブラントの帽子

夏葉社さんのサイトを見ていて、刊行一覧の一冊目にあるこの本。読んでみたいなと思ったものの品切れの表示。ふるい作品ということなので、それではと地元の図書館で蔵書検索してみたら夏葉社刊行の本ではなく、集英社のこの版がヒットした。
レンブラントの帽子 (1975年) (現代の世界文学)

レンブラントの帽子 (1975年) (現代の世界文学)

図書館ってなんてありがたい!40年近く前に出版された本でもこうして気軽に手に取ることが出来る。訳者から見ても夏葉社版に収録されているものと同じではないかとおもいます。集英社版には表題作のほか全8編が収録。

これが40年以上前に書かれた作品なのか、読んで最初に思った感想がそれでした。ちっとも古びてない、古びてないどころじゃない、今、これは今じゃないか。中でも「わが子に、殺される」(原題は「My Son the Murdrer」)と題された一編には震えた。タイトルはなんだかサスペンスフルだけれど、中身はまったく違う、あとがきを書かれている小島信夫さんの言葉を借りれば「年頃の息子をもったものなら十人中八人までは経験することが書かれている」のだ。

この作品の中に出てくる「息子」は今の言葉でいう「引きこもり」だ。働きに出たら、という言葉に彼はこう返す。「べつに働くのがいやなんじゃない。気持ちがわるくなるんだ」。何か臨時の仕事でも、という母親に彼はキレてこう言う。「何もかも臨時じゃないか。臨時に臨時を上積みするような真似を、どうしてぼくがやらなきゃならないんだ?」

父と息子のふたりの心情が交錯する、「20枚ほどの短編」*1。どこにでもある話と言っていい、ありふれた話だと言っていい、しかしだからこそ、海岸で足を水に漬けて立つ息子に父親が心のなかで語りかけるモノローグがしんしんと響くのです。最後の一ページを読むうちに、自分がいつの間にかその海岸に立っていて、足元の砂を波が削る様まで感じられるようでした。

読み終わった後で、夏葉社さんの版には表題作とこの「わが子に、殺される」、それから「引出しの中の人間」の3編が収録されていると知り、まさにその3本がもっとも印象に残ったので、わーこういうシンクロニシティはうれしいな…!とひとり心躍ったりしておりました。

「引出しの中の人間」はソビエト連邦を訪れたアメリカ人とひとりのロシア人作家の物語で、当時の社会情勢も大きく関わっている話ではありますが、しかしこのロシア人作家のように書きためたものを外に出す機会を得ることが出来ず、「哀れな小説たちと一緒に引出しの中に監禁されているような気がします」という言葉にシンパシーを覚えるひとは少なくないのじゃないかと思います。この小説もまた、幕切れがすばらしい。表題作についても言わずもがなです。集英社版に収録されている、「銀の冠」や「引退してみると」の後味もたまらないものがありました。

それにしても、出版社を立ち上げて、いの一番にこのマラマッドの「レンブラントの帽子」を出版した夏葉社という出版社、すごすぎます。私が知ったのは又吉さんがきっかけなんですが、その又吉さんの言葉通り「これを作っている人は本当に本が好きなひとだ」というのがひしひしと伝わってきます。その夏葉社さんではこの冬、その名も「冬の本」という、超豪華執筆陣(目が眩む!)が「冬と一冊の本」について書いた本が出版される予定。絶対欲しい。無事に買えますようにと今からそわそわしています。

*1:あとがきより