「はぐれさらばが"じゃあね"といった」ピチチ5

  • 三鷹市芸術文化センター 星のホール I列3番
  • 作・演出 福原充則

完全にタイトル買いです。なにきっかけで知ったんだっけ…と自分のツイート見てみたら、野間口さんが「スジナシ」に出たときに宣伝でタイトルが出たんですよ。で、なんつーいいタイトルなんだ!と。ちょうど公演時期の遠征を決めてたので抱き合わせ…と決めていたのですが、場所が三鷹&マチネ開演が15時、ということで「万が一3時間の大作とかだったらソワレまにあわねえ」という恐怖に怯えチケットおさえず。2時間ぐらいとわかったときには土曜のマチネが売り切れてたよ!というわけで当日券ちゃれんじ。無事観られました。よかったよかった。

太宰治縁の地である三鷹で企画・上演されている「太宰治をモチーフにした演劇作品」。「老ハイデルベルヒ」をメインのモチーフに、太宰治本人と、彼の友人たちという設定のさまざまな文豪と、彼らに取り残される人々を描く群像劇。以下畳みます。
時系列がいったりきたりするだけでなく、舞台の上で併走もする構成で、こういうの私、すっごく好きなんですよ。すっごく好きなんですよ。あんまり好きなので2回言いました。「老ハイデルベルヒ」で描かれる友人達との三島への旅路を骨格に、そのときを振り返る現在、さらにもっと現在が入れ替わり立ち替わり現れる。これは確かに芝居ならではの醍醐味で、とくに「同じ空間なのに違う時系列」の登場人物が言葉を交わしたり交わさなかったりするスリリングさ、たまんなかったですね。2日目ということもあって、なんとなく線引きがヨレてみえるところもありましたが、これは後半に向けてどんどんシャープになってくんだろうな〜と。

それぞれの登場人物がいったい誰なのか、というヒントはわりと惜しみなく出されてはいるんですけれども、野間口さんの役だけ名前を言うまでわかんなかったなー。でもそのあたりを考えながら見るのも楽しみのひとつかもしれません。彼ら「若き天才たち」の、中島敦ふうに言えば「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」がぶつかり合う場面もあるのですが、そのなかで「ネズミ」が太宰に言う、「なんでも中途半端で引き返す、その引き返す途中の言い訳を書いているのがお前の文学だ」って台詞はかなり痛烈かつ核心を突いているように思えて思わず「うっ」となりました…

性格直しなさいよ、なんて身も蓋もない言葉に、俺はとっくに素直に自分を見ているよ、素直に自分を見ていると自分がいやでたまらない、死にたくなる、でも死にたくなる俺は自分がきらいな俺なのだ、俺がきらいな俺の言う通りになんか死にたくない、と訴える太宰の言葉がものすごく印象に残っています。

太宰が切り取った過去の「三島」の中にいる登場人物である「酒屋を経営する友人の兄」、彼が飯盛女に対して言った台詞がラストでもう一度今度は太宰自身に向けられるんですが、そのシーンがとても、とてもよかった。「いつかどこかのバカが信じる」。その言葉がなんと希望に満ちて聞こえることか。

太宰役の菅原さんと、その兄を演じた久ヶ沢さんはほぼ和装で、いやー目の保養でした…。そして暗闇の中にうかぶ無数のふんどし。まさかのふんどし祭り。半裸で回転する野間口さんとか菅原さんに胸を揉まれる久ヶ沢さんとかどうしていいんだかわからないサービスシーンを本当にありがとうございます。キンコメ今野さんの独特の佇まいもよかったなー。そして最初に絶賛したタイトル、これが見終わってまたいっそういいタイトルだと思えたのも、うれしかったです。