「九月花形歌舞伎 昼の部」

新薄雪物語。初見です。筋書を見るとこの前の上演は平成20年、さらに前は平成14年とのことなので、その演目をこの座組で見られるというのはなかなか貴重な機会だったのではないかと。顔ぶれを見てもぐっと若いものねえ、今回。

序幕の言い寄られまくる勘九郎さんとか、籬と妻平のナイスカップルぶりとか、もちろん妻平の立ち回りとかも楽しかったのですが、やっぱり三幕がいいですねえ!いや、二幕で伊賀守と兵衛が出てきたあたりからぐっと締まった感じがありましたが,三幕の満足感がズバ抜けてました。やっぱり名場面と謳われることはある。

陰腹を切っている伊賀守が首桶を抱えて現れ、奥書院へあがろうとするその動き。履き物を脱ごうとするのだが立っているのもやっとという状態なのでそれがままならない。片方はなんとか脱げて足をかけるけれど、もう片方が脱げずにそのまま上がってしまう。座り込んでそろそろと右足の履き物を手に取るのだけれど、脱いだ履き物は左右逆になってしまい、うまく揃えることができない。この台詞のないシーンにこめられたさまざまな情感の豊かさたるや!

いやー花道の出からここまで、松緑さんから目が離せなかったもんなー。役者で見せるって、こういうことでしょ、という感じ。その前の、兵衛と梅の方のやりとりもとてもよくて、菊之助さんのあの声の良さったらなんなんでしょうね。あとわたしあの人の首が好き。首が醸し出す色気って絶対あるよね。

伊賀守と兵衛が、お互いがお互いのサインをきちんと読み取ったとわかるところからの安堵、安堵からの笑い、嘆く梅の方へ笑え、笑えと言う、まさに哀切。話の筋としては、そもそも薄雪と左衛門にかけられた嫌疑だって濡れ衣であることを思えば、その無実のふたりを逃したことでどうして父親ふたりが…すっきりしない!とも言えるんですけど、歌舞伎の場合はそういうところが気にならないのも役者の力というやつなんでしょうか。

個人的には伊賀守の松緑さんと梅の方の菊之助さんがとくに印象に残りました。あと染五郎さんが勘九郎さんの父親役だったので、染五郎パパに引き倒されて打擲される勘九郎さんにうわー、これはこれで…おいしい…とか思う罰当たりでほんとすいませんでした。

追記。
筋書でそれぞれ、海老蔵さんは吉右衛門さんに、染五郎さんは仁左衛門さんに、菊之助さんは玉三郎さんに、松緑さんが幸四郎さんに、愛之助さんが梅玉さんに、勘九郎さんが菊五郎さんに教えて頂くと語っていて、なんというかちょっと胸熱でした。