「タンゴ・冬の終わりに」

堤さんの清村盛で見たのがもう9年前ですか…。個人的には今までの蜷川演出作品の中でもベストと言えるぐらい好きな作品ですし、今回のパルコでの上演は楽しみでもあり、演出家が変わってどのような作品になるのかという不安もありといった感じ。

結論からいうと、驚くほど手触りの違う作品になっていたなという印象です。行定さんの演出は非常にオーソドックスというか、脚本に忠実であったように思われるし、映像畑の方にありがちな奇をてらったところがない(これは「ブエノスアイレス午前零時」でも拝見して、いいなとおもったところだったんですが)にも関わらず、蜷川演出で観た時の「時代性」というのか、あの革命の空気のようなものがすっかりぬけおちているように感じられました。そのぶん、この清村盛という「ひとりの役者」をめぐるドラマという意味合いが濃くなっていたように感じられます。あの「青春の最後の夜」がもつ抒情が薄れているとも言えるし、だからこそより普遍的な物語となって見られるという部分もありました。しかし、オープニングの映写機が映す映像が違うというような具体的な違いだけではなく、演出の構図としてはそれほど大きな変化はないと思うのに、これだけ印象がちがってくるというのも面白いですよね。個人的には劇中で何度も繰り返される台詞、「ごきげんよう、これより死におもむくぼく…」や「握手をしよう、とくに意味もなく」といった台詞が劇中に埋没しているようにも感じられ、そのあたりもこの印象の違いに結びついているのかなあと。

そういったひとりの役者の持つ業、という側面が強い分、後半の精神のバランスを崩してからの三上さんの本領発揮ぶりがすごいですね。「彼だけが見えている」ものに観客を巻き込む力があります。東京から訪ねてきた水尾や連を「カムバックの誘い」として振る舞うところなど、おかしみと盛の東京への執着が綯い交ぜになっており絶品でした。後半になればなるほどその盛の観ている世界がどんどん大きくなっていくように感じられ、ラストの孔雀にいたってはまさにさすが三上博史、とうなりたくなる芝居の濃さ、すばらしかったです。神野三鈴さんのぎんは期待通り、あの独特の声の印象もあり、硬質さというよりはどこか甘い毒というような佇まいがあったぎんだったと思います。なので最後の「あの甘く苦しい戦いの日々…」という台詞に哀切ではなく一種の冷淡さを感じたのも新鮮でした。

ユースケさんのやった名和連はすごく難しい役どころだと思うんですが、前半のどこか飄々とした、おかしみを湛えた役作りはすごくはまってたんじゃないかと思います。ただラストの展開に至る心理をおもうと、連が水尾になにを見ていたのか、という部分が薄く感じられ、そこの説得力はもう一声!という感じかなあと。岡田くん、いっときすごく滑舌が気になった時期があったんだけど、今回は大丈夫だった、よかった、とりすました兄への感情を爆発させるところとてもよかったです。