「HEADS UP!」

正直、まったく観劇の予定に入ってませんでした。そもそも「ミュージカル」というだけで第1リストから落ちちゃう私ですのでそこはしょうがないんですけど、KAATの公演をご覧になったヨコウチ会長の感想を読んで「い、いきたい!」と公演1週間前に慌ててチケットおさえた次第。

1000回公演で華々しく終わるはずだった大型ミュージカル。しかし、主演俳優の我が侭で地方のさびれた公民会館で1001回目の興行を急遽打つことになる。キャストも揃わない、大道具は足りない…でも、やるんだよ!

舞台の仕込みで一幕、バラシを二幕。これをミュージカルに。ラサールさんのこのアイデアに乗ってくれる方がなかなか現れなかったとパンフで仰ってますが、いやしかしこれはまさに「そこに金脈があったとは!」という感じではないでしょうか。裏方をメインに据えた芝居自体はそれほど眼目の新しいものではないし、それこそ「ショウ・マスト・ゴー・オン」という傑作もある。けれど、この裏方をメインに据えた舞台の面白さは大抵、本番中の出来事のウラで起こっている、というのがほとんど。このHEADS UP!は、始まる前と、終わったあとをメインにしている。つまり、バックステージ物のいちばん美味しいところを手放しているとも言える。

そこをどうやって見せているか(特に「終わったあと」を)、この創意工夫はなかなかのものでしたし、それがちゃんと笑いに繋がっているのがすばらしい!

正直なところ、ここはもっとスムーズに展開できるのではとか、キャスト的に首をひねっちゃう方がいたのも事実なんですけど、しかしそれを補って、いや補ってるわけじゃない、それをぶっ飛ばすパワー、熱がこの作品にはあったんですよね。その熱がどこからきているかっていったら、それは「舞台が好き!」っていう熱だったんじゃないかと思う。

この作品のフォーマットが優れていると思うのはまさにそこで、「つみあげてはまた壊す」つまり組んではバラす、という作業を繰り返す舞台特有の仕事、終わってしまえば何も残らない、その儚さと潔さに魅入られた人たちの話であると同時に、その世界を愛している我々観客の話でもあるところです。劇中で公演のピンチに際して制作の女性が言い放つ、「公演はやります。だってチケットを売ったんだから。それは約束をしたってことです、いい芝居をしますって。」これ、ぐっとこないシアターゴアーいます?「ランチの食費切り詰めてチケット買ってく人がいる カレンダーに印つけて その日くるのを待ちわびて 朝から少しおめかしして みんな劇場に向かう」。これ、ぐっとこないシアターゴアー(もういい)。

そしてその歌を聴く観客は、すくなくとも(一部の例外を除いて)1回以上は、そういう経験をしたことがある。オープニングでの台詞にある、「舞台と客席は共犯関係」、その共犯関係をこれほど確実に結べる、観客をその関係に強力に巻き込む芝居はそうそうないんじゃないでしょうか。

フォーマットが優れているということはつまり、これが再演に耐えうる、レパートリー化できるポテンシャルがあるということなので、どんどん違うキャストを組んで、演出も磨いて、KAATの名物公演に成長させちゃってほしいです。

オープニングの演出がまたよかったんだよなー、小屋付き世話係のアッキーが観客を巻き込みつつ、暗転でチャチャを入れつつ、明かりが入るとまったく違う世界っていう、芝居のマジックをまずはお見せしましょう感があって一気に引きこまれた。アッキーの歌、ほんと久しぶりに聞いたけどやっぱりものすごい声に魅力ありまくる!そして大道具連中を仕切るじゅんさんの腕の確かさね!場数、場数の差ね!どんな笑いも逃さないよ、マジですごいよ。正直再演するとした場合、このキャストを誰にするかは結構キモだと思う、それほど余人をもって替えがたい威力。青木さやかさんもよかったよなー、出張ってくる演出助手に「弁当食うなよ!」と啖呵切るとことか大好き。ミュージカル組の本意気の歌はやっぱ桁違いだし、芋洗坂係長のバラシの時のおれは暗黒街のボス、ってやつもよかった。踊れるデブさいこう。高所恐怖症の照明プランナーが陰山さんで、ダンディ振り炸裂してた(そしてあの雪のシーンのおかしさよ!)のも楽しかったし、振付が川崎えっちゃんなので、カーテンコールで一世風靡のソイヤ!があったのもすばらしい観客サービスでしたね。

カーテンコールに、本物の裏方さんが出てくるのも、この芝居ならではで、ぐっとくる演出でした。

あと、私の涙腺を決壊させたのは、最後、袖からじゃなくて、いつも客席から帰るのがすきなんだよと言って、バラシの終わったコヤを眺めて一礼する、あのシーンでした。どれだけ古ぼけていても、中に入るとあっ、なんか居心地いい、そんな劇場ありませんか、それはね、観客の気が降り積もっているんです…そりゃ、近鉄小劇場のことを思い出さないでいられようかっていう。ボロボロ泣いたわ。ことほどさように、劇場、芝居、そういったものに人生のひとときでも深く思い入れたことのある人であればあるほど、ぐっとくるフックがいくつもある芝居だったと思います。いやー、見に行ってよかった!