「スティーブ・ジョブズ」


監督ダニー・ボイル、脚本アーロン・ソーキン。ソーキン大好きっ子の私が見ないわけがない!初日に行ってきました。

三谷幸喜さんが「オケピ!」で岸田戯曲賞を獲った時の選評で、野田秀樹さんが「(三谷幸喜の脚本のうまさは)花見の場所取りのうまさである」と評してらしたと記憶しているのだけど、この映画の脚本はまさにその「花見の場所取りのうまさ」に他ならないのではないかとおもう。亡くなってまだ5年も経たない、世界的な著名人、著名人というだけでなく今、まさに映画館に座っている観客の多くが彼が手がけた製品を持っているであろうというその人物の映画。普通の伝記映画というか、サクセスストーリーというか、いつ見ても波瀾万丈みたいなものを想像して来た方には、おそらく肩すかしなのではないでしょうか。舞台となるのはジョブズにとって大きなプレゼンテーションとなった3つの新作発表、その直前の舞台裏、だけです。わかりやすい成功も、ipodiphoneの登場もない。しかもプレゼンテーションそのものは見せない。ジョブズに関わりのある人物も極限にまで絞られています。ジョアンナ・ホフマン、アンディ・ハーツフェルド、ジョン・スカリ−、スティーブ・ウォズニアック、そして娘のリサ。そしてもちろん、徹頭徹尾会話、会話、会話で構成されている。

いやーもうね、この構成だけで「一生あなたについていきます」といいたいぐらい、私のツボ、ツボ、ツボです。そして改めて思ったけど、この脚本は非常に演劇的ですね。これおそらく、なんの苦もなくこのまま2時間の舞台に乗せられます。あとこれもソーキンお得意というか、「ザ・ホワイトハウス」の頃からお馴染みの歩き回りながら移動しながらの台詞の応酬。「コンピューターは芸術じゃない」「その言葉を聞く度にくたばれと言ってやる。言えよ」「コンピューターは…」「くたばれ!」などのスピード感あるやりとり、現在と過去が交錯する展開もソーキン節だよなあと見ていてうれしくなりました。

3つめのプレゼンテーションはかのiMacの発表で、観客はこれが多大なる成功を生むことを知っているし、そして(当然ながら)その成功は予見されている。あそこで(認知に絡むゴタゴタが原因で)「TIME」の今年の顔になりそこねたというジョブズが、ジョアンナにTIMEの表紙を覚えているか、あれは「彫刻」だ、つまり前もって用意されていたものだ、認知にかかる話題がなくても今年の顔はあなたではなかったのだと告げるシーン、すごくいい。そしてジョブズ伝説の一角であるAppleからの解雇劇の見せ方も好きでした。あのインサートされる過去のジョブズはどれも印象的だけれど、ウォズニアックとの激しいやりとりのあとの、ウォズニアックの脳裏に浮かぶ(であろう)ガレージでのふたり、「ウォズ」の呼びかけの声、あそこほんと超弩級にセンチメンタルだったよ…!

ジョブズマイケル・ファスベンダーはもちろん風貌としては似ていないのだけど、でもだんだんそう見えてくるんだよね…。役者ってすごい。ケイト・ウィンスレットジョアンナもふくめて、このふたりのオスカーノミネーションは頷ける、というかこれ役者冥利につきる役なのでは、という気もしたなー。

しかし、ソーシャル・ネットワークでもそうだったし、ドラマのニュースルームやザ・ホワイトハウスでもそうなんだけど、「ヴィジョン」を持ってる人間を描くのがソーキンは抜群にうまい。ヴィジョンが見えているからこその傲慢さもふくめて、その人物の周りに起こる「波動」をとらえるのがほんとうにうまい。やはり私のフェイバリット脚本家ナンバー1です。