「マンチェスター・バイ・ザ・シー」


なんというか、しみじみと、しみじみといい作品でした。癒されるとか感動するとかいうような形容詞とは実のところ真逆にあるような作品だけど、人の心に直接ふれる力があるというか。ケイシー・アフレックはこの作品でオスカーを筆頭に各演技賞を総なめ。

ボストンにほど近い海の街、マンチェスター・バイ・ザ・シー。リー・チャンドラーはそこで育った。しかし、彼は今故郷を離れ、ボストンで便利屋の仕事をしている。ある日、故郷で家業を継いでいる兄が心臓発作で倒れたと電話がかかってくる…。

リーの兄がなくなり、その一人息子であるパトリックの後見人を指名されてからの「今」と、リーの家族をめぐる「昔」が交錯する構成ですが、だんだんとその過去と現在が地続きのものになっていく感覚がすごかったです。最初のシーンでは今のリーと過去のリーはまるで別人かと思うようなのに、それが次第に一本の線になり、「今」か「過去」かの境界線が溶けていくような。

リーを襲った悲劇に、リーは立ち向かうことができない。警察での取り調べを終えて「これで終わりか?」と聞いたときの彼の気持ち。誰にも罰されることさえない。だから自分で自分を罰しようとしたし、それがなされなかった今でも、彼は自分を罰しながら生きている。

パトリックとのぎこちないやりとりの数々。でも、もう一度マンチェスターで生きていくことはできなくても(あのシーンのリーの『耐えられない』という台詞…!)、後見人となったことでリーはすくなくとも生きていく理由をひとつ見つけることができたのではないか。それが兄の願いでもあったのではないかと思ったりしました。エンジンを直した船の上でのつかの間のリーの安らいだ表情、そしてラストシーン、新しい家に家具を買う、と話すリー。最初にボストンに引っ越した時、その家になにも家具がないことを兄が嘆いていたシーンを思い出す。ほんのすこし、ほんのすこしだけ、前よりは「ましになっているかもしれない」と思わせてくれる。

エンディングがまたすばらしく、波の音、カモメの鳴く声、遠景でとらえられるマンチェスター・バイ・ザ・シーの港…。生きていくのは簡単じゃない、それでも毎日足を一歩踏み出す。その意味。ほんとうに、しみじみと胸に沁みいる映画でした。