「オトトキ」


THE YELLOW MONKEYの15年ぶりの再集結からの約1年間を追ったドキュメンタリフィルムである。2016年中に行われたアリーナツアーとホールツアー、年末のフェス出演を丹念に追いかけ続けた映像と、この映画のために撮影された、彼らの出身地ともいうべきLa.Mamaでの無観客ライヴ、そしてメンバーと関係者へのインタビューで構成されている。監督は松永大司さん。

単にインタビューを取る、単にエポックな公演に立ち会う、というものではなく、とにかく2016年5月11日以降の彼らを定点カメラのようにとらえ続けていることもあって、淡々と日常の波を乗り越えながら、あの2016年を駆け抜けていた彼らの仕事を見ることが出来る映画だった。なんというか、もし強引にひとことでまとめるなら、私にとってはオトトキは「働くTHE YELLOW MONKEYの映画」ということになるんじゃないかと思う。そういう意味では、彼らの楽曲や、今までの歴史や、そういうものに通暁していない人が見ても、50歳を過ぎて再結成したロックバンドの、その人間の仕事を見るという面白さのある映画なんじゃないかと思った。

リハーサルでの様々なトライアル、レコーディングでの音の追求、体調不良、思わぬアクシデント…いわば裏側のそういった出来事の数々と、そしてそういった出来事がありながらも、その「表側」で行われていた華やかなパフォーマンスのことをおもうとき、やはりこれは働くTHE YELLOW MONKEYの映画だなあと感じるし、そしてそれはきっと私たちも同じだよなあとも思うのだ。皆、うまくいったり、いかなかったりしながら、自分の仕事や環境とたたかっているのは私たちも彼らと同じで、ライヴというのはそういうお互いの人生が一瞬交錯する場所なんだなということを改めて感じた。5月11日の代々木第一体育館の内と外で見られた沢山のファンの表情、文字通り感極まるといった顔で涙をぬぐう男の子や、武道館でいきいきとタオルをかざす年配の女性…エンドロールの映像のひとつひとつ、その待ちかねた人生の交錯の一瞬にはやはりぐっと胸を掴まれるものがあった。

映画の中で、神戸ワールド記念ホールでのライヴの1日目のあとに、菊地兄弟のお父さんが亡くなったという事実が伝えられており、それについてアニーとエマがそれぞれ言葉を残している。故人の好きだった曲だという「球根」を、その2日目のライヴで演奏したときのことを、エマは生涯忘れないだろうと語り、アニーは、そのライヴの開演直前にヒーセが、普段そんな事しないのに、メンバーみんなをハグしてくれたこと、その仲間のありがたさを感じたと言っていた。そのあと、La.Mamaの無観客ライヴで演奏された「Father」の映像が流れるのだが、私はそれを見ながらヒーセのことを考えていた。昔のインタビューだが、ロンドンでのレコーディングの最中に、お父さんの容体が悪化し、迷ったが、どうしても死に目に会いたいという気持ちを抑えきれず、リズム録りが終わったら帰国すると告げて、吉井を置いて帰ったこと、吉井自身もいろいろと迷いのある時期で、それはわかっていたけど、頼りにされていると感じてもいたけど、でも帰ってきてしまった。そのことがずっと引っかかっている、と。この話は、「いちばん感動的だった吉井くんとの思い出は?」という問いに対して発せられているものだったのだ。なんだろうな、いっぱいありすぎて…と切り出しながら、ヒーセはこの話をした。ヒーセはその時のことを、思い出したりしたのだろうか?わからない。飛んで帰りたいだろうふたりの気持ちを、言葉でなく、抱きしめることで受け止めたかったのだろうか?わからない。しかし、あのFatherを歌う吉井の表情は、そういうものもすべて受けとめているような顔をしていた気がした。そこにいる4人のためにうたわれる、4人のためだけの父の歌。この映画でしか見ることのできなかった瞬間だろうとおもう。

これは映画の内容とはあまり関係のないことになるかもしれないが、私は人生の中でそれなりに長いこと観劇や、ライヴに時間を費やしてきたこともあって、いつも観客は観客の文法でしかライヴ(芝居)を見ることが出来ない、ということを肝に銘じている。演者にとって特別な思いがあったとしても、それを汲み取る、理解する、分かち合う、というようなことはよくても美しい幻想であって、大事なのは、その時その場にいた自分が何を受け取ったかだし、その輝きはステージの内幕によって揺らぐことはないし、それこそが表現というものの持つ力と自由だと思うからだ。そう、エンドロールで歌われるように、「外からなんてなにもわからない」し、だからこそ観客は自由でいられるのではないだろうか。

どうしてもシリアスになってしまう部分も勿論あったが、4人ならではの楽しい場面もたくさんあり、映画館でもあちこちで笑い声がこぼれていたのもよかった。中でもメンバーがストレッチなどケアを受けるのを尻目にぴょんこぴょんこトランポリンを飛ぶ吉井の絵面の面白さは何度見ても腹筋を殺しにきていてずるい。面白すぎます。

去年の5月11日以降、いろんなものが一気に始まって、変わったものもたくさんあって、ここで収められた数々の現場に自分も立ち会っていたこともあり、なんというかまだ近視眼的な見方しかできそうにないのだけど、この映画を10年後に見たら自分は何を思うのか、というのが実はけっこう楽しみでもある。そのときにこのバンドがどうなっているのか、自分はどうなのか、この熱狂の時間をどんなふうに振り返るのか。

願わくば、このときも楽しかったけど、でも今のほうがもっと最高、そう思いながらこの映画をふりかえることができればいいなと思います。