「六月博多座大歌舞伎 昼の部」

通称「伊達の十役」、幸四郎さん襲名演目。初見です(伽蘿先代萩からの派生というのはなんとなく知っている)。ちゃんと筋書の内容を頭に入れておかないと人物相関図がごっちゃになったりするかな(何しろ同じ人が色んな役をやるので)と懸念していましたが、最初の口上で非常に簡潔に「このひと善玉ですよ」「このひと悪玉ですよ」と関係を整理して見せてくれる親切設計。ありがたい。正式名称は慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)。うまいこと言いますね。奮闘公演とか言っちゃうよりずっと一生懸命感があるね。

この演目、面白いのがのべつ幕なしに十役の早替わりをやっているわけではなくて、そのかなりの部分が前半に集中していること。何しろかなり長い間、舞台のうえに幸四郎さんしかいない(役としては複数の役がいても、いずれも幸四郎さんが演じているため)という時間が続く。この早替わりがこの演目の大きな趣向なので、ここでは「ひとりがやっている」ということをアピールしつつ芝居を進行していくことになるわけです。じっくり気持ちを作って入り込む、みたいな隙はなく、言ってみれば短距離のスタートダッシュを延々繰り返しているようなもの。それをいかにうまく決められるか、もちろん外連味もありつつ、しかしドヤ感にかたより過ぎてもいけない。伊達十にかぎらず早替えを眼目とする芝居の難しさって実はそこにあるような気がしています。その匙加減というかね。幸四郎さんはやっぱり華のある方なので、そのあたりの客席への見せ方みたいなものが非常にうまい。

転じて次のいわゆる御殿の場では、早替わりの趣向はぐっと抑えられ、時間の大半を政岡として通じて出ることになる。言わずと知れた女方最大の難役と言われる役であり、ここはじっくり腰を据えて演じられるため、序幕がスタートダッシュの連続とすれば、こっちは完全に長距離走のそれ。一本の芝居なのに、使う筋肉がぜんぜん違う!これは確かに、やってみたくなる演目だろうなあと思いました。ことに、幸四郎さん自身もこの政岡の役にひときわ念があるというか、これをやりたかったんだろうなー!というのがひしひしと伝わってきました。しかも今回襲名ということもあって、八汐の仁左衛門さま、栄御前の魁春さまがこの場に並ぶという、本当完全にここ大歌舞伎待ったなしの雰囲気ですごかったです。観ている観客もいろんな味が楽しめて、いやーよくできた演目だなあと。しかも、この入り組んだ人間関係がなぜかわかりやすく感じちゃうのも不思議。

花道横の良いお席で拝見できたので、幸四郎さんを間近から見上げながら「まつげ…ながい…」とか、「あっ…ちょっと袖口から…脇が…みえる…」とかそういうけしからん煩悩に思いくそまみれつつ、文字通り追いかけ追いかけられ、殺し殺されする幸四郎さんを堪能できてよかったです。切り口上のときお隣の梅玉さまが自らぱちぱちと手を叩いて幸四郎さんを讃えられて、重ねてピースピースで幸四郎さんもそれ見てほっこり笑顔、という心温まる光景も拝めて言うことなしでした。