「七月大歌舞伎 夜の部」

  • 松竹座 1階4列26番

高麗屋さん襲名興行、松竹座は染五郎くん抜きで幸四郎さん白鸚さんのおふたりです。
「元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿」。仁左衛門さまと中車さんの顔合わせです。いやー面白かったです。タイトルの通りあの忠臣蔵なのですが、松の廊下の刃傷沙汰以降、判官贔屓の世間は吉良憎しの浅野同情論が強く、その空気を読んだ幕府は浅野家再興を認めようとしている、でもその話が通ってしまうと仇討ちの道理が立たなくなってしまう、という背景をうまく描いていて面白かった。限りなく幕府の中枢にいる綱豊と、ひとりの赤穂浪士の心中を明かさぬままの駆け引き、心理戦がみどころで、このひとつの台詞の裏を読み合うみたいな丁々発止の台詞劇を、仁左衛門さんと中車さんが繰り広げるのですから、こんな贅沢あっていいのか!ってぐらい芝居の「巧さ」を堪能させていただきました。かなり理屈に理屈の応酬が続くので、下手なひとがやったら目も当てられんな!と思いますが、いやはやさすがです。

特に、助右衛門が綱豊に向かって、あなたがうつけのふりをしているのも将軍に目を付けられないためだろう、と切り返した場面、お喜世が思わず短刀に手をかけて「お手討ちを待つまでもございません!」と詰め寄る場の緊迫感(壱太郎くんよかったな~)、浅野家再興の話を匂わせてついに助右衛門が敷居を越える場面(それでも実は、という内情は明かせない!ここめちゃくちゃよかった)、いやー絵になる、絵になる。

でもって究極に絵になるのが最後、思い余って吉良上野介を奇襲しようと考える助右衛門が、能装束をつけた人物に襲い掛かるも実はそれは綱豊で…っていう場面。助右衛門の繰り出す槍をはっしと受け止めてキッと見やる仁左衛門さまにはらはらと降りかかる花びら…っていう瞬間がもうね、
絵かよ!(字足らずのツッコミ)
ってぐらい構図もなにもかもキマりにキマっていてすごかった。よく絵から抜け出たような…とか言うけど、3次元が完成しすぎると逆に2次元に近づきますね。って私は何を言ってるんでしょうか。あんなん実際絵に描いてもあそこまでキマらんわってぐらいの完成度。すごい。

「口上」。歌舞伎座博多座も口上がない方を拝見していたので、幸四郎さん襲名の口上は初めて拝見しました。鴈治郎さん「幸四郎さんは関西人に憧れていて関西人化計画とかやっていたがぼくに言わせれば巨人ファンをやめて阪神ファンになれば話ははやい、まあそういう私は中日ファンですが」扇雀さん「これからも巨人ファン同士仲良くやっていきましょう」彌十郎さん「松竹座では歌舞伎NEXT阿弖流為でもご一緒させて頂いて、歌舞伎NEXTのみならずわたくしにもNEXTがありますように」中車さん「憧れの年下の先輩です」仁左衛門さん「三代同時襲名が途切れることなく続くなんてすばらしいこと、このうえはまだお生まれになっていない染五郎さんの御子息が襲名されるときにも列座させていただきたい」などなどなど。口上じたいなんだか久しぶりに拝見したような。楽しかったです!

女殺油地獄」。新幸四郎さんの河内屋与兵衛、染五郎時代にルテ銀でおやりになったときに一度拝見しています。そういえばそのときもお吉は猿之助さん(当時亀治郎さん)だったよな~。

非常に好きな演目で、なんで好きかというと勿論殺しの場のいききった様式美の凄み見たさ、っていうのもありますが、この登場人物の「ボタンの掛違え」としか言いようのないストーリーテリングがやっぱりすごすぎると思うんですよね。

勘当したにも関わらずその子のことを思って金を持ってこずにはいられない与兵衛の両親、その胸の裡を知って涙する与兵衛、でも借金を返すにはまだ足りない、それさえ返せれば、返すことが出来たら、やり直しができる、リセットボタンを押せる…という与兵衛の瀬戸際の懇願が、しかしお吉にとってはさきほどの「いっそ不義をして…」という与兵衛の言葉が邪魔をして、その瀬戸際の懇願を真あるものにとらえることができない。このすれ違いの悲劇!ここでわざと軽くあしらう猿之助さんのお吉、すべての希望が潰えたかのような表情の幸四郎さんの与兵衛、この対比見事だったなー。でもって、ふと手元の刀に気がついた瞬間の、色がさっと落ちるようなあの表情!いやーこういうのを観られると「はー芝居好きでよかったっ!」と心の底から思いますね…ほんと目の光までも消すことが出来るんですよ役者っていうのは…

殺しの場にいたるまでのふたりの緊張感もすばらしかった。あのお吉の「死にとうない…!」がぞっとするすごさで、その中でみせるあの様式美の塊のような場面の数々。見応えしかない。幸四郎さんと猿之助さんてほんとゴールデンコンビだとおもう。猿之助さんの女形大好きなので、そしてなかなかこうした女房役を拝見する機会が減ってしまったので、ほんと襲名の威力…ありがたい…ってなりましたね。歌六さん竹三郎さんの徳兵衛おさわも含めて鉄壁の布陣で、むちゃくちゃ満足度の高い観劇になりました。