「て」ハイバイ

最初に見たハイバイが09年に上演された「て」でした。たぶん、誰かの熱い推薦を目にして足を運んだと思うんだけど…誰だったか覚えてない。いや拝見した舞台のことはよく覚えています。ハイバイで上演されるこの演目を見るのはこれで3度目です。

3度目なので、もちろん芝居全体の構造、展開も頭に入っており、没入して観るというよりは「このあと」のことを考えてそれぞれの登場人物の反応を観てしまう、みたいなところがありました。最初のリバーサイドホテルのときに長男がどんな顔してるかとかさ。それにしても、つくづくよくできた脚本ですよね。構図を逆転させる見せ方、それだけではなくて、見えているものだけが真実ではない、ということまで描ききっていて、いやはや、すごい。

なんとなく俯瞰したスタンスで見ていても、いやそういうスタンスだからこそかもしれませんが、たとえばお母さんがクラス会に参加している友人に電話で話す場面とかで、一気に物語のほうへ引っ張り込まれてしまう。あそこのリバーサイドホテルはほんと…何度見ても痛く、可笑しく、せつない。名シーンですね。

今回はお母さん役に浅野和之さんがキャスティングされており、平原テツさんの長男、猪股さんのお父さんは続投ですが、全体的に刷新された顔ぶれになりました。浅野さんのお母さん、どのシーンももちろんすばらしかったんだけど、あの長女との会話のシーンがとくによかった。離婚を考えたが、夫の圧に耐えられない、あの男性の性器がむきだしで迫ってくるような…と語るところ。「夫婦」でも「岩井」さんがそう語る場面があり、これは作家自身が自分の家庭に持っていたひとつのイメージなのだと思うけど、そのいたたまれなさが本当にひしひしと感じられる場面になっていた。ちょっとしたバランスで笑いの方にも転がりそうな場面なんだけど、浅野さんの手綱さばきはあまりにも絶妙だった。唸るしかない。

今まではきょうだいのうち誰かに反発したり共感したりみたいなところが少なからずあったのだけど、今回はそういう引っ張られ方があまりなかった。長女の善意モンスターぶりも、次女の自分だけの大きなこだわりも、次男の無邪気という名の無神経さも、長男のわかりにくいさびしん坊ぶりも、どれもほんとめんどくさいなと思ったし、めんどくさいなと思いつつ、きらいじゃなかった。

しかし、あの葬儀場での讃美歌、あのシーンであんなに泣いたのは実は初めてだった。自分でもちょっと驚いた。以前の観劇と今回の間で自分の心情に変化があったというわけではない、と思うのだけど、あれだけどしゃめしゃな家族であっても、看取る、という行為にある絶対的な寂しさがあって、でも寂しさだけじゃなくてなんというか、安堵というか、辿り着くべき所に辿りついたのだ、というようなしんとした気持ちが、棺を囲む「家族」を観ていると急に胸に迫ってきたのだった。暗転の中で響く讃美歌、すばらしいですね。やっぱりどんどんブラッシュアップされた上演になっていってるのだなーと思います。

そういえば「て」はいちど「その族の名は家族」に改題されてプロデュース公演?みたいな形で上演されたこともありましたね。でもやっぱ「て」のほうがいいタイトルだと思います。「て」ってつまり、あれだもんね、おとうさんゆび、おかあさんゆび、おねえさんゆび…だもんね。なにをどうやっても、家族は家族でしかないという、祈りと呪いのつまった名作にふさわしいタイトルだと思います。