「三月大歌舞伎 夜の部」

「於染久松色読販」。玉三郎さんの土手のお六、仁左衛門さんの喜兵衛の顔合わせ。お染の七役は七之助さんで拝見したことがありますが、そのときも(あの早替えが大きな眼目となっている中)じっくり見せてもらえるこの莨屋のシーンはとっても印象的で、七之助さんのお六も勘九郎さんの喜兵衛もすごく良かっただけに、それを仁左玉でとは!見に行かないわけにいかないでしょコレという。
玉さまお六、伝法な口ぶりだけど情のある感じとか、仁左さま喜兵衛のワルの魅力爆発ぶりが堪能できる莨屋の場はもちろん、瓦町油屋の場でのおふたりの人を食った芝居ぶりがなにしろ最高。ゆすりが見事に失敗したのに強請った方にも強請られた方にも愛嬌があって楽しい場面に仕上がっているのがすごい。花道でのやりとりまで隙なく楽しめました。

神田祭」。個人的に今回チケットをとった最大のお目当てが「於染久松」のほうだったので、そういえば神田祭も仁左玉コンビだったワーイお得きぶん!とか思ってたんですけど、あーた。そんなね、お得!とか言ってる場合じゃなかった。時間にして約20分ぐらいですかね、もう、脳内の開いちゃいけないフタが開きっぱなしになったぐらいすごい20分間だった。眼福とか目の正月とか言いますけどそれを濃縮還元したようなあれだよ(どれだよ)。仁左衛門さまの鳶頭、玉三郎さまの芸者、いい男といい女を絵に描いて3次元化したらこうなりましたみたいな佇まいだし、しかも!芝居の中で!いい男といい女の極北が!じゃらつく!やばい!もう、語彙もしぬよ!客席全員がふたりにあてられて尊い…と手を合わせながら焼け野原になってるイメージでした。実際、ふたりがふっと目線を交わすたびに身もだえしたし、頬を寄せる仕草にいたってはハアっ…!という声にならない声がもれたし、なんなら私の前後左右全員もれてた。ありゃもれる。もれます。花道でここぞ!というタイミングで「ご両人!」の大向うがかかって、さっとそれに仁左さまが照れてみせる仕草があったりして、いやもうこれ永遠に観ていられるやつや…と思いました。本当すごい。この私の文章で皆さんが想像する、その想像の100倍ぐらいすごいです。幕見でもいいのでぜひ見に行ってほしいです。そしてキミも一緒に焼け野原になろう!

「滝の白糸」。新派の名作、ということでもちろん名前は知っていますが初見です。あらすじもあまり把握せずに見ました。歌舞伎をよく見るようになってから、今までこれはちょっと好みじゃないなと思うような舞台でもぐっと好きになれたりって経験が数多くあったのですが、新派にはなかなかふれる機会がなかったんですよね。筋立てとしては面白い所もあったんですが、好みかといわれるときびしいところだなと思いました。自分はああいう悲劇に美しさを感じられるタイプの人間ではないのだった。あと、そりゃまあどうしてもそうなっちゃうよねってのはわかるんですけど、場の転換で気持ちが切れちゃう。白糸の最後の裁判のシーンは、背中で語らせる非常に難しい芝居で、これは壱太郎くん挑戦しがいがあるだろうなーと思いましたね。松也さんの欣弥も説得力のある芝居ぶりでよかったです。