「ファースト・マン」

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「人類で初めて月に降り立った男」ニール・アームストロングの物語。主演ライアン・ゴズリング、監督はデイミアン・チャゼルの「ラ・ラ・ランド」コンビ。

映画「ドリーム」でも描かれたように、この頃のアメリカの宇宙開発への執念は、常にソ連に先手を打たれていたということが背景にあり、「二つの大国が宇宙を舞台にしのぎを削った」時代の、まさにそのど真ん中を描いています。アームストロング自身の自伝を原作としており、基本的にはすべて「実話に基づいた物語」というやつです。

twitterで見かけた感想に、これは戦争映画だよねと書かれているものがあって、そう、そうなんだよな、これはまさしく米ソ二大強国の代理戦争であったんだなと。莫大な予算がつき、ひとが死んでも、なお止まることのなかった(止めることのできなかった)戦争。実際、ソ連が崩壊したあとは宇宙開発からも退き(セルジオ&セルゲイでも描かれてましたね)、このアポロ計画を最後に月面への有人飛行という計画は一気に予算削減の波にのまれていってしまうんですもんね。

アームストロングに幼くして失った長女がおり、その喪失がアームストロングの深いところに根付いているという表現や、しばしばわかりやすいヒーローもののように単純化して描写される「宇宙飛行士」という職業の、現実の苛烈さを余すところなく描いているので、特に閉所恐怖症のひとは寿命が縮まる思いをするシーンが沢山あるのではないでしょうか。私はもう、あのアポロ1号の訓練中に発射台でおこった火災事故、あれがもう…あんまりだ、というにも程があってさすがに心を削られました…。あんなにも「できることがなにもない」中に放り込まれるものなんだな、と思いましたし、あの揺れ、視界の狭さ、身動きのとれなさ、とにかく「ままならなさ」が画面からぐいぐい押し迫ってくる。そのリアリティはすごいものがあります。記録映像で繰り返し見たことのある、あの月に降り立つ映像や、「この一歩は小さな一歩だが人類にとっては偉大な躍進だ」という有名な台詞、そういうものの前に、ここまで小石を垂直に積み上げるようなトライ&エラーがあったことを、私はまったく想像したことがありませんでした。母船から離れ、月に降りる、それがどれだけ困難なことなのか。

だからこそ、ついにあのハッチの向こうに月面が表れた瞬間の感動、感動というか、ほとんど「そらおそろしさ」はたとえようがない。この瞬間のまさに「静寂」と「荒涼」の圧倒的な力、震えました。あの瞬間を味わえたという一点でこの映画のことを好きになってしまいそうです。それまでの、計器の音、鉄がこすれる音、警告音、そういった人為的な「音」に取り囲まれたあとの、あの瞬間。

EXPOのレーザーIMAXスクリーンで見たのですが、月面での映像の多くがフルスクリーン仕様になっていて、ことのほかすばらしかったです。遠路はるばるここまできてよかった…と心底思いました。

ライアン・ゴズリングのどこか透徹したような雰囲気が「どんな時でもクソ落ち着いていた」っていうアームストロングの人となりに説得力を与えていた感じありました。失敗できるときに失敗しないといけない、っていい言葉ですよね。クレア・フォイもよかったな。あの飛行前に夫に自分が戻ってこないかもしれないことを子供たちに伝えていくべきだ、ってシーン、印象的でした。オルドリン役のひと、どこかで見たな…?と思ったらアレですね、アントマンのダレンでしたね。っていうか似てますよねご本人に。

しかし、月面に星条旗を立てるシーンがないといって騒ぎ立てるのは正直まったく理解できない感じですね。そういうことじゃないって映画見たらわかるやん!?と思いました。いやしかしそれだけ、このアポロ11号の成し得た「偉業」がアメリカという国のアイデンティティのひとつってことなのかもしれない。それをこれだけパーソナルな物語に描ききったチャゼル監督はやっぱりただもんじゃない気がします。