「Le Père 父」

キャストがなかなか魅力的な布陣で、何しろ橋爪功さんが主演というんですからこれは見ておきたいなと。個人的に現代演劇ではいま日本でいちばん芝居がうまいひとのひとりだと思っております。

フランスで2012年に初演された作品ですが、まさに洋の東西を問わずというか、日本でももはやこの問題に向き合わないで済むひとはいない、という介護の問題。この作品では認知症を発症した父の視点からあらゆるシーンを描いているんですが、時間軸も空間軸もゆがんでしまう、ゆがんでしまうというか、「フリー」になって様々な物事の連続性が喪われてしまう主人公の世界。ある種のおかしみを見せつつ彼と家族をめぐる物語が展開していくんですが、認知症となったその人物の寄る辺なさに寄り添うというか、観客が彼の「中に入る」ような感覚が味わえるのがまずすごい。

とはいえ、年老いた父親に向き合う娘の気持ち(やっぱり自分の心情はそりゃこちらに寄りますよね)を思うと「うおーーーもうむり!!」ってなる瞬間が何度もあったのも事実。わたしは彼が娘二人を較べて、今自分のそばにいる娘を「お気に入りでない方」と呼び、「お気に入りの娘」の話をなんども繰り返すのがマジでみぞおちが冷えたし、自分が彼女の立場だったらもうこの時点で何かを諦めるよなと思わないではいられなかった。「お気に入りの方の娘」が今どこにいるか、は自然と観客にわかってくるようになるのだけど、だからといって自分がそこをゆるせるようになるかはまったく自信がない。

セットの組み方が変則的で、それがシーンごとにうっすらと、ひと刷けひと刷け塗り重ねられていくように変貌していき、最後にはすっかりちがった風景になっている、というのが実にスリリングで最高でした。

橋爪さん、おかしみのある、とはいえなかなかの性格をした「いやな老人」そのものでもあり、しかしながら哀れみを感じさせる…という文字通り匠の技。うまい。リアルである、というのとはまた違ううまさ。若村麻由美さんと壮一帆さん、お二人が似てるわけではないのに、表裏一体みたいな見え方をしたのがすごく面白かったです。今井朋彦さんは台詞の立て方もさることながら、身のこなしが美しい!いい役者ぞろいでないと鑑賞するのにキツい作品ですが、いい役者ぞろいだからこそ倍身につまされる…というお芝居でございました。