「バイス」

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アダム・マッケイ監督・脚本。今年の賞レースで各方面でノミネートされており、えっクリスチャン・ベールどうした!?って変貌ぶりと、えっあなた本当にサム・ロックウェル!?な映像をたくさん見てこれは…観るしかない!と思っていた映画です。

ジョージ・ブッシュディック・チェイニーコリン・パウエル…さすがにこのあたりは名前と顔が一致しているし記憶にも新しいところです。そのホワイトハウスにおける虚虚実実の内側を描く…というよりは、むちゃくちゃ告発の色合いが強い。告発というか、「どうしてこんなことになったのか、それをはっきりさせなきゃいけない」という強い意思。冒頭に「これは真実の物語だ(true story)」と出て、based onでもinspired byでもないところにも製作者の意思を感じました。

ストーリーテリングとしてはかなり変化球というか、ナレーターとなる語り手がいて、その語り手の正体は映画の後半で明かされるわけですが、そのナレーター視点からのツッコミまたは解説というようなものをどんどん見せていく。実際の映像もどんどん使っていく。でも実際の映像だと思ってたら出ているのはサム・ロックウェル演じるブッシュだったりする。冒頭、いきなり9.11のシチュエーションルームから始まって、そこで副大統領権限を超越したことをやろうとするチェイニーが弁護士と相談するっていうシュールさ(というか、あそこ弁護士入れるのね。シチュエーションルームじゃなくて単に避難時のシェルターだってことなのかな)。私の愛する「ザ・ホワイトハウス」でも権限移譲のサインをめぐって紛糾するエピソードがあったし、「非常時だから」ではなく法解釈を味方につけてからことを動かすチェイニーの狡猾さが際立つシーンですごく印象に残りました。

イラク戦争の時の「大量破壊兵器」を巡る報道合戦も、なるほどこういうことが行われていたのか…と腑に落ちる思い。もっというとイラク攻撃の口実に使おうとしたいちテロリストを誰が有名にしてしまったのか、そしてそれがISとなって台頭してしまうというこの皮肉さ、いや皮肉なんて生易しい言葉ではすまない、取り返しのつかない事態を招いたことと、そしてその招いたひとたちは、何万キロも遠い彼方で清流に足を浸しているのだ、ということにぞっとしました。

ヴォネガットの小説の中の台詞だったと記憶しているけど、金の流れる川の近くにいる人間はどうやったらうまく川の水を汲めるかということに執心しどんどん水くみがうまくなっていく、他方川から離れて暮らすひとたちはどうやって水を汲めばいいのかさえ教わることがない…っていうのを思い出したり。あの遺産相続税の死亡税への言い換え。逆にいえば、そういうことで人心というものは左右されてしまうんだという怖さというか。

クリスチャン・ベール、マジで後半どこにもちゃんべの面影ない。若い頃のチェイニーはまだああ、彼がやってるなって感じあるけど、ある時点からマジでまったく役者の顔がどこにも見えない。すごいね。エイミー・アダムス、さしずめ現代のマクベス夫人もかくや、な役どころでしたけど、あのシェイクスピア的台詞の応酬のところとか二人揃って最高でした。スティーヴ・カレルラムズフェルドもよかったけど、やっぱサム・ロックウェルのブッシュがむちゃくちゃ印象的です。素の彼はぜんぜんブッシュ本人に似てないのに、そしてむちゃくちゃ特殊メイクで仕上げた感もないのに、映画のなかの彼、ブッシュにしか見えない。チェイニーから見れば「いい駒」にしかすぎなかったであろう人物を、バカに見えることを恐れず直球でみせてるところがほんと、いい役者さんだなーと。

チェイニーが見せるたまさかの人間性、ことに次女の同性愛が発覚した場面、大統領選で次女(演じてたアリソン・ピル、政治ドラマでよくお見かけしますわね)を引き合いに出されることを思い一線を退いた選択だったり、あの副大統領としてホワイトハウスに戻ってきたときに過去に想いを馳せる場面とか、そういうものはあるにせよ、この映画はチェイニー自身の許可を得ずに描かれていることもあって、そういう内面の連続性、みたいなところを期待するのはさすがに難しいという感じですね。でもって、ポストクレジットシーンがひとつありますが、これがまた、強烈です。