「新作歌舞伎 風の谷のナウシカ」

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  • 新橋演舞場 1階9列2番/1階10列16番
  • 原作 宮崎駿 脚本 丹羽圭子/戸部和久 演出 G2

基本的に感想書くときはそのチケットごとで区切ってるので、原則に沿えばこれも昼夜でわけて書くことになるんだけど、原則があれば例外がある、ということで昼夜通しの感想といたします。というか、やっぱり分けて書くのが難しい。

宮崎駿の長大かつ壮大な原作7巻に及ぶ「風の谷のナウシカ」を昼夜通しで新作歌舞伎として上演。無茶しやがる!主演のナウシカを務めこの公演の座頭である菊之助さんの執念たるやである。原作もさることながら劇場版アニメはそれこそ老若男女に膾炙した作品なわけで、そのイメージがあるだけに「ナウシカを…歌舞伎で?」という戸惑いがなかったと言ったら嘘になりますが、それもこれも菊之助さんのこの作品にかける情熱が吹き飛ばしていきやがったぜ、という印象。

歌舞伎はもともと「美しく物語る」というよりも、物語の場面場面のドラマを濃縮還元してお届け!みたいな傾向があると思いますが、この作品もストーリーラインを丁寧に追うというよりも、場面として強いところにきっちり焦点を当てて構成しているという感じがして、そこはさすが菊之助さん、歌舞伎の子だなあという感じ。そして、劇場版アニメによって観客にもイメージがついてしまってる序幕の部分よりも、そのあとの場面の方が創り手の発想も自由で、歌舞伎味もふんだんに味わえた感じでした。あのテトとの「こわくない…こわくない」とかさ、もうあれ自体がミーム化しちゃってるところもあるもんね。

あと、私が一番すげえなと思ったのは、大詰での庭の主とナウシカの対話、それからシュワの墓所での墓の主とナウシカの対話の場面です。我々は作られた存在だ、この穢れた大地とたまさかの時間を過ごし、そして消えてゆく、滅びるのがわたしたちの定めだ、と。でも、生は生である。そうか、と思いました。菊之助さんがなぜこの作品を、新作歌舞伎の昼夜通しというべらぼうに高いハードルを越えてまでやりたかったのかわかったような気がしました。正直、この作品において(菊之助さんの腕の怪我により演出の変更があったことを引いても)他のキャラクターのようなわかりやすい「しどころ」がナウシカにはない。原作でも彼女は基本的に受ける立場なので、クシャナやミラルパやクロトワみたいに面白いボールをぶんぶん投げる立場の人ではないんですよね。でも大詰めにおいてはまさにナウシカこそが芯だし、そしてこの物語の芯も結局はここにある。

ちょっと脱線するけど、この場面を見ているときに思い出したことがひとつあって、私の敬愛する漫画家である獣木野生さんが、伸たまきさんと名乗っておられた頃に書いた「2821コカ・コーラ」という中編があります。その中の台詞。

「ぼくもきみも邪教のもとにうまれついた
けれどもそれにはなにかわけがあるんだ
僕らはけがれた存在だがその時は
小さく砕け散って やがて生い茂る草や木の糧となるだろう」

原作を読んだ時は、その物語を追うのに必死というのもあるけれど、この2821コカ・コーラの台詞のことなんか頭をよぎりもしなかったのに、そういうことだったのか…!という、10?20?年越しの得心というか、天啓というか、そういう気持ちをこの舞台で呼び覚ましてくれたことに私はむちゃくちゃ感動しました。生は生である。生きねば。

歌舞伎アレンジとして面白かったところは、クロトワがクシャナの前で言う「おれはシッポを出しちまうぜ」から始まる七五調、言うまでもなく弁天小僧ですよねー!亀蔵さんのクロトワ、はまり役にもほどがありましたね。二幕の、王蟲を育てる溶液をひっくり返しての松也ユパ様とアスベル右近くんの大立ち回りもアイデア満載で面白かった!本水の立ち回りここでくるかー!っていうね。松也さんのユパさまジャンプめっちゃかっこいいけど足もと滑りそうで怖いのでなんか敷いてあげて!(突然のオカン魂)ヴ王歌六さんっていうのも、なんとも贅沢で、でも歌六さんほんとなにやらせてもうまいからヴ王の存在感マシマシだったなー。巳之助さんのミラルパ/ナムリスもよかった。個人的にはナムリスの立ち振る舞いが好き。あとみんな言ってるけど橘太郎さんのミトじいがミトじい以外のなにものでもなかった…声までミトじいだったもんね…。

シュワの墓所の美術、からの大量ぶっ返りもおおおおこう来るか、って新鮮さがあって好きでした。あと!庭の主の芝のぶさんな!!!あのお声、あの芝居の確かさ、芝のぶさんご自身この原作にひとかたならぬ思い入れがおありのようで、あの不思議な佇まいとナウシカとの非常に複雑で、でもこの物語のまさにキモ!な対話の数々、いやはやお見事でした。

あとは何といってもあのクシャナが第三軍と合流、兄皇子との対面、クロトワの機転…からのあのクシャナの子守歌じゃないですかね。原作でももちろん屈指の名場面ですけど、蟲に囲まれ、クロトワを胸に抱いて目を伏せたクシャナが歌う旋律、っていうのが立体化したらこんな美しく一種荘厳な場面になるのか…!という驚きと感動があった。あの場面もっかい見たい。それにしても、七之助さんのクシャナはすごかったね。いや、ハマると思ってましたとも、過去にもそういうアレでナニをたくさんアレしてきましたから。しかしマジのマジで「これが…2.5次元…!」みたいな新鮮なトキメキがありましたよ。「醜く太った豚に情けは無用!」「やれ」「雲の上にて待つ!」「しょせん血塗られた道だ」etc…いやもう、クシャナ殿下目覚まし時計がほしい。夢女子の一人としてクシャナ殿下に叱咤されたい。そうそう、原作読み返した時に「このシーン…やる気がする」とピーンときた、クシャナナウシカに「後ろをとめてくれ」って着替えを手伝わせるシーンな!いやあの衣装からして止めるとこなさそうですけど、でも私にはわかってました、菊ちゃんぜったいここやってくれるって!だって!萌えるから!(最低だなお前)いやでもまんまと萌えましたよね!?ナウシカクシャナっていうだけでも萌えるけど、だって中の人菊之助さんと七之助さんよ!?(もうわかったから落ち着け!)

舞台美術も衣装もむちゃくちゃ頑張っていて、私の観た回で幕がタペストリー幕に引っかかって降りない!みたいなハプニングもあったんだけど(別の幕を下ろして乗り切った)、いやこれだけ段取りと早替えと小道具大道具の転換の山って、普通に考えて常軌を逸してると思いますもん。キャストの中には七之助さん始め26日まで小倉にいた面々もいて、中10日余りでこれを作り上げたと思うと歌舞伎役者まじハンパないし、ハンパないどころかむしろこわい。でもそれも、この作品を絶対に成功させる、この物語の華をぜったいにこの舞台の上で咲かせる、という菊之助さんの強い意思のなせるわざだと思います。お怪我が気にかかるところだけど、でも菊之助さんにとってはこれを成功させることこそが「生きること」なんだろうなと思わせる、情熱のある舞台でした。チケットは完売しているようですが、映画館で見られるチャンスがあるようなので、興味のある方はぜひ。きみもクシャナ殿下の夢女子・夢男子にならないか!(台無しか!)