「キャッシュトラック」

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ジェイソン・ステイサム主演、ガイ・リッチー監督作品。いやー面白かったコレ。ガイ・リッチーの作品って、主に登場人物の関係性に独特なファンタジー要素があって好きなんですが、そういう部分が微塵もなかった今回。でもむたくたに面白かったです。

現金輸送の警備を請け負う会社に入ってきた新顔がどうみても素人じゃないジェイソン・ステイサム…ってあたりで「何かある」感はぷんぷんですが、当然「何か」があり、交錯して描かれる時系列の中で彼の思惑が明らかになってくる…という筋書き。単に一人の男の復讐劇を追うだけではなくて、「現金に体を張れ」みたいな側面も描きつつなのがむちゃくちゃ効果的だった。

ステイサムだから主人公は絶対に死なない、という意味では「最後どうなるか」は見えているといえば見えているんですが、時系列を前後させて描く演出と、最後の大強奪作戦のハードさが、予定調和をぶっ飛ばしてあまりある見応えでした。「死亡フラグ」とはよく言われるけれど、実のところそれと同じぐらい「生存フラグ」ってお約束的にありますよね。こういうタイプのキャラクター、こういうことを言う(やる)キャラクターは生き残る、みたいな。しかし、そのどれもをことごとくへし折るのがすごい。そういう意味で今作にはガイ・リッチーらしい甘さがまったくない。そしてその作風を体現するステイサムの破格さよ。

スコット・イーストウッド、素晴らしかったなあ。悪い方の決断力が飛び抜けた、空虚な、アドレナリンジャンキーともまた違う、その場その場の快楽主義者を絶妙に好演してました。彼が輝いているからこそ、最後の展開にカタルシスがあるというね。いやー面白かったです!

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」

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ダニエル・クレイグボンドフィナーレ。監督はキャリー・ジョージ・フクナガ。本来の公開日はいつだったか…確実に1年以上公開延期の憂き目にあいましたが、無事劇場公開となりました。途中何度かあわや配信行きか、という噂も出たけど、007製作陣は一貫して配信行きを蹴り続けたよね。日本では緊急事態宣言明けの金曜日かつファーストデー公開という、これ以上ないタイミング。

むちゃくちゃ長尺(163分)でしたが、意外と長く感じずに楽しめたのはよかった。ところどころオフビートなやりとりもあってそういう緩急にも助けられた感じはあります。

アバンタイトルでマドレーヌの子ども時代の出来事が描かれ(いやもう、アバン長ッ!と声が出そうになった)、前作スペクターからまるっと続いて、マドレーヌとボンドのハネムーンさながらな風景からスタート。しかしこれ言っちゃうと元も子もないけど、このふたりに正直そこまでのケミストリーをスペクターの頃から感じていなかったので、このテンションで160分だったら相当キツいな…!と思ったけど、早々に裏切るの裏切らないのの話になったので安堵しました。

ところどころ「おお~、今のはいい~~」と思う場面もあったけど、しかし最後のあのサフィンとの島でのやりとり(というか展開のすべて)が、美しい物語の弧を描いていないというか、物語の生理に則らず決まった行き先(まあつまり、ボンドの死)に向けてねじまげているように感じられ、ラスト30分ぐらいは相当「スン…」としちゃってたなと思います。5歳の子をさらって切り札にしようとしてるのに突然放り出すとかなぜ?だし、無理に土下座とかさせるなよお、だし、何より「島の施設全体の爆破」を「一刻の猶予もなく」成し遂げなきゃいけないってあたりのスリル部分の描き方が不十分すぎたと思う。

サフィンがスペクター一味を憎み、その復讐を成し遂げる…までは、そこにボンドが絡みつつもうまく転がっていたように思うのに、ボンドvsサフィンの動機のほうが薄まっちゃってるんですよね。突然「人間は自由なんて本当は求めてない」みたいな長広舌をサフィンがぶち上げだしたときに「ブルータスよお前もか」となってしまいました。頼む!普通に金のためとか言ってくれいっそのこと!

よかったのはパロマとのやりとり全部、フィリックスとの別れ、Qやマネーペニーやノーミとの会話、そういう部分はシリーズを重ねてきたからこその、何でもない会話でも味が沁みてる感があって好きでした。ともあれ、ダニエル・クレイグはおつかれさま!確実に新しいボンド像だったし、だからこそ生まれた傑作もあったし、ひと口に15年とはいっても、ひとつの役に捧げる時間としてははかりしれない長さがあったのではないかと思います。また過去作品でも見返そうかな!

「クーリエ 最高機密の運び屋」

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キューバ危機の背後にあった諜報作戦を描いた「事実に基づいた物語」、監督はドミニク・クック、主演はベネディクト・カンバーバッチ。本国公開は2020年だったってことなんだけど、どうなんだろ、ちょうどコロナで厳しい時期だったかもしれないですね。劇場公開したのかサンダンスで上映しただけなのかちょっとわかんないですけど。

米ソがどちらも核の脅威をちらつかせ、終末時計が刻々と進む一方だった冷戦真っただ中の1962年に起きたキューバ危機。ソ連アメリカの庭先であるキューバ核兵器を配備し、まさに一触即発となった事態で、「世界が終わる」のを防いだふたりの人物を描いています。ひとりはソ連側の情報提供者、ペンコフスキー。そしてもうひとりは、諜報部員ですらないただのサラリーマン、グレヴィル・ウィン。グレヴィルは東欧への出張を重ねる機械部品のセールスマンであったことから、MI6とCIAの白羽の矢が立ち、ソ連へのビジネス出張という目的でペンコフスキーと接触する。

最初はたった1回、ペンコフスキーが「どれぐらいほんものか」を確認するためだけであったはずが、思わぬ深みにはまってしまうウィン。ペンコフスキーとの間に生まれる、まさに東とか西とかという思想による分断ではない、人間としての交流が彼にある決断をさせる。

こういう結末になるだろう、と予想しながら見ていて、これがミッションインポッシブルだったら、ヒーロー映画だったら、きっとみんな「幸せに暮らしましたとさ」って結末だってあり得たかもしれないけれど、そんなわけはないのだった。しかし、ウィンもペンコフスキーも、人間として失ってはいけない一線を超えなかった。それがどれほど困難なことか。キューバへの核配備は露見し、ソ連は撤退し、米ソ間のホットラインが敷設された。いや、そうはいっても、核兵器のボタンを押す国のトップなんていないでしょ、そのあとどうなるかわかってるのに、と思うのは、それこそが正常バイアスといわれるものなんだろう。押す人間はいる。いつだって。もう後戻りできないボタンを押す人間は。

わたしたちのような人間から分断はなくなっていくのかも、そうあってほしいね。そうあってほしいけど、今は個こそが分断を作りだし、煽り、乗っかっていく時代になってしまった気がしないでもない。あんなふうに、最後まで友人を思い、伝えるべきことを伝えることができるだろうか?ウィンとペンコフスキーが、ロシア・バレエの白鳥の湖を見ながら(そういえば、スワン・ソングは弔いの歌という意味もあるのだった)、心を震わせる場面はとくに、感じ入るものがあった。

エキセントリックな役を振られることが多いカンバーバッチが、平々凡々たるサラリーマンを好演していてよかった。ペンコフスキーを演じたメラーブ・ニニッゼとのほのかな親愛の情を感じさせるシーン、印象に残りました。そういえば、ペンコフスキーが亡命したらモンタナに行きたい、写真で見た、夢のように美しいと語る場面、「レッド・オクトーバーを追え」でもサム・ニールが演じた副官がモンタナへの夢を語る場面があったことを思い出しました。

「モンタナの目撃者」

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テイラー・シェリダン監督。「ウインド・リバー」が面白かったし、何気に豪華キャストなのでフラっと見に行ってきました。おもしろかったなー!

森林消防隊でリーダーを務めるハンナは、山火事での「風」の読みを誤り、その際のトラウマで不安定な精神状態にある。見張り塔での監視任務を命じられたハンナは、ひとりの血まみれの少年と遭遇する。実は彼の父親は大規模な汚職事件を暴き、命を狙われて逃亡してきたのだった。

ウインド・リバーでもそうでしたが、消防隊や保安官、そして殺し屋に至るまで、その「仕事っぷり」を見せるのがシェリダン監督むちゃくちゃうまい。そしてこの人の演出するアクションは派手さはそれほどないけど重さがあるというか、痛みがあるというか、実戦!という感じがするのが良い。

平地での雷の怖さ、火の怖さ、そして追ってくる情け容赦ない殺し屋二人組の不気味さ、そういうものが過不足なく描かれることで最後まで物語の緊張感が薄れず、同時にハンナと少年は二人で逃げながら、この関係を構築することでふたりともがどこか再生していくのがわかるのもよかった。

地元の気のいい警官(保安官)とその妻、妻は妊娠中で、ターゲットはその家を訪れようとしていることがわかっていて…という展開がくると、この「妊娠中の妻」を見舞う展開読めた、となるところですが、この妻がむちゃくちゃ理にかなった強キャラだったのがすばらしい。夫(バーンサルさん!)との「殺したか?」「ええ、ひとり」のやりとりよかった。

しかしニコラス・ホルトエイダン・ギレンを殺し屋コンビにしようとした人はすごいな。Wiki見ると名字が同じだけど、劇中の雰囲気では血縁があるようには見えなかったし、たぶんない(そういうふうに描いている)。このふたりがまったく露悪的じゃないのに、市場で魚を売るようなテンションで殺しをすませていくのが妙にリアリティがあって、それがクライマックスでの緊迫感にも奏功していたなと思います。

「九月大歌舞伎 第三部」

仁左衛門さま・玉三郎さまによる「東海道四谷怪談」。中村屋さんが東海道四谷怪談をよくおやりになるので、私も勘三郎さん・勘九郎さん・七之助さんそれぞれお岩さまを演じたのを拝見したことがありますが、このコンビによる上演はなんと奥さん、38年ぶりですってヨ!これは…これはさすがに観たい!観させて!このあと霞を食って生きていってもいいから!ということで足を運んできましたよっと。

いやまず、東海道四谷怪談て、やっぱむちゃくちゃよくできた話、物語として、演劇として作品がまずおもしろい、その強度をすごく感じましたね。中村屋でやるときは、後半かなりスペクタクルになることもあって演出の強さに気をとられがちだけど、今回は伊右衛門浪宅と隠亡堀をじっくり見せてくれたのもあったと思う。

とにかく仁左衛門さんの伊右衛門も、玉三郎さんのお岩も、ものすごく丁寧で、ぜったいに観ている客にいま舞台で起こっている逐一を伝えきります、という姿勢が貫かれているのがすばらしい。血の道の妙薬、と伊藤家から渡された薬を岩が丁寧に丁寧に飲む所作のひとつひとつがまさに「実のある」芝居なのはもちろん、そのあと奥に下がった岩と宅悦との会話、「お顔が…」「顔が どうしましたえ」のあの「顔が」の劇的効果を完全に把握した間のうまさとかね、もう舞台で起こるすべてのことにうっとりできる。

仁左衛門さんの伊右衛門ピカレスクロマンじゃないけど、これだけ悪くてこれだけ魅力的って、ほんと稀有なお方ですよ。蚊帳までとりあげるところ、マジで非道1000%なのに、そこを芝居として魅力的に見せちゃう。

がっつり集中して芝居の力を堪能した2時間でした。松緑さんの直助権兵衛、橋之助さんの小仏小平、松之助さんの宅悦も印象的でよかった。観に来た甲斐ありました!

「九月大歌舞伎 第一部」

六世中村歌右衛門 二十年祭・七世中村芝翫十年祭ということでゆかりの演目「お江戸みやげ」と「須磨の写絵」。お江戸みやげは当代芝翫さんがお辻、勘九郎さんがおゆう、坂東栄紫を七之助さんとゆかりの演者で固めた座組。冒頭、福助さんも出演されてました。

むちゃくちゃ砕けた表現をあえてすれば「推しに課金」の人生かかったバージョンともいえるんだけど、倹約家のお辻がある役者を見初めて、ほんの少しでもいいからあの人の近くにいきたい、という「あちら側」と「こちら側」にいるからこその想い(おそらく大なり小なり、誰しも覚えのある感情)と、その人の具体的な幸福のために、「あちら側」へ踏み込み、自らを捨てるような思い切った行動をしてしまう、ということの顛末をぎゅっと濃縮した芝居で、小品という感じではあるがすごく共感性、シンパシーの高い演目なので満足感がありました。「これが私のお江戸みやげ」って、あの場面のお辻の気持ち、多くの観客に「わかる」と思わせるものがありますよね。

芝翫さんも勘九郎さんもニンかそうでないかといえばそうでないほうの部類なんだろうと思うけど、楽しそうにやってらっしゃる姿に引っ張られたところもあったな。これ福助さんもお辻のタイプかっていうとそうでもないし、難しいところだなと思いつつ。

「湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。」

野木萌葱さんがKAATに新作描き下ろし、しかも「三人吉三」を題材に、ということでこれは見たい!と足を運んできました。例によってキャストをあまり確認せずに見ていたので、えっ!あの人も出てる!この人も!とびっくり&うれしかったのでなんか得した気分です。

「新粧、三人吉三」とあるので、三人吉三巴白浪を元ネタにしてるのはしてるんだろうなという感じはあったんですが(実は腹違いの姉弟とかさ)、思った以上に元ネタの匂いがしなかったし、あまりそれを意識しないで見た方が楽しめたんじゃないかなと思いました。というのも、三人吉三は運命に翻弄されるお嬢、お坊、和尚(そしておとせ十三郎)らの話であるようで、実のところあの芝居を見ると、これは物語の真ん中にあるのは「百両」という金そのものなんだなっていうのがよくわかるんですよね。そうやって見るとすごく飲み込みやすくなっている。でも野木さんの今作は、「金」は彼らの運命を描くうえでのアイテムなので、視点が大きく違うし、元ネタの三人吉三の、「百両」が真ん中にあるからこその登場人物の運命の「どうしようもなさ」みたいなところとはやっぱり作品の着地点が違うなという感じでした。

しかし、渡辺哲さん、山本亨さん、ラサール石井さんと、ふだんパラドックス定数の作品には顔を出さないタイプの役者さんが揃うと、それだけで厚みが増すし、野木さんのセリフやっぱり面白いなっていうのも改めて思いましたね。野木さん、汚職警官描きつつ、そのギリギリ矜持みたいなの描くの、好きなのかな。新井のキャラクターとか、筆が乗ってるな~!という感じがすごくした。ブロウクン・コンソートちょっと思い出したね。

山本亨さん、ああいうキャラやらせるとほんと、むちゃくちゃ輝くし、階段の途中で蹴り入れるところなんか、往年のつか芝居思い出させるし、いいもん見ました。みんなのそばにいてあげるけれど、だれのものにもならないおんな、を村岡希美さんが絶妙の温度感で演じていてすばらしかったです。