「プロパガンダ・デイドリーム」  KOKAMI@network

  • シアタードラマシティ   10列19番
  • 作・演出   鴻上尚史

絵美は最後の手紙の中で「私は人間を信じたかったんだと思います」と書いた。「そして世間に潜んでいるスパイの反応を見たかったのだ」と。彼女は最初、「世間に潜んでいるスパイ」は山室だけだと思っていた。だから彼にずっと私を見ていて下さいと言った。けれど、もしかしたら、世間に潜んでいるスパイはもっとたくさんいるのかもしれない。もしかしたら、自分の母親も、姉も、父も、みんな世間に潜んでいるスパイだったのかもしれない。彼女はそうしてやっぱり信じようとしたんでしょう。得体の知れない世間というものの中にある密やかな灯りみたいなものを。
それが、あのラストなんじゃないかと思うのです。そう思ったら、どうしようもなく泣けてきました。信じたのに、彼女は死んでしまったから。

私の好きな作家に沢木耕太郎さんという人がいて、これは私は彼の名言だと思っているのですが結局「私たちにわかっていることは『わからない』ということだけ」なんだと思うのです。今回のプロパガンダで、前半鴻上さんが見せたテレビのトリックみたいなものは、だから私には少しも目新しいものではなかったし、鴻上さんにしては当たり前のことを言うなぁとも思いました。けれど、そこで諦めようとせず、「人間を信じたかった」と書く鴻上さんにはやっぱかなわねぇなぁというか・・私はこの人のこういうところに惹かれ続けているのだなぁと思わずにはいられませんでしたね。

不満なところもあるのです。一度目に気になってしょうがなかったように、劇中であの父親のもとに集う人達の有り様はどうにも納得できなかったし、小説を書いた絵美が「有名にならなければだめなんです」と言ったのも、私はそれは言葉というか活字の力を信じていない人のセリフだよなとしか思えなかったし。でもなんか、そういうのももういいやーと思ってしまったのだな(笑)。あの最後の手紙だけでいいやと。そうして鴻上さんは走って走って走って走って、劇場にたどり着いたのでしょ?

それにしても、武装戦線無意味派は素敵すぎる(笑)。あと9時間弱の映像すべてが見たいぞー!大倉さんはもう最高でしたね。よく卑怯な笑いって書かれてるけど、まあ卑怯だけど(笑)、それにしても最高すぎでした。後は筒井さんの力にやはり脱帽。筒井さんもっと舞台やってくれー!こんなにステキなんだから!旗島さんや生方さんや高橋君はほんともう一作ごとにメキメキ音が聞こえるようにうまくなっていますよね。やっぱり鴻上さんは役者を育てるのがうまいわ。
加納さんは山室役もさることながら、西日暮里のおばちゃんになった瞬間に舞台全部をかっさらってました。うーむさすが座長。

そして鴻上さんには一言こう言いたい。「次の作品楽しみにしています。」次に鴻上さんが何を見せてくれるのか、今はそれが楽しみでしょうがないから。

  • 6/11 シアタードラマシティ  12列38番