「ピルグリム」

なんとも、感想を書くのが難しいなあというのが正直なところかも。第三舞台で見た14年前の影がちらつくとか、そういうことを抜きにしてもなんだか「違うよなあ、これ」という印象が最後まで抜けないものになってしまった。違うっていうか、かみ合ってないというか、そんな感じ。最後の最後の瞬間まで自分がものすごく冷静だったのが振り返って見ても凄く寂しい。

ピルグリム、という戯曲は非常に魅力的だと思う。共同体、というものは多かれ少なかれみんな所属しているものだし、そのなかでの軋みや歪みは誰しも覚えのあるものだろうと思う。だから、「必要なのに排除する」存在という言葉で語られるオアシスの風景はものすごい痛みを持って迫ってくるし、鏡の洞窟のエピソードなんかもものすごくストレートに描かれている。だからこそ、その部分をもっときっちり書くべきだったんじゃないのかなぁ、と思う。第三舞台の過去の作品を、その時代性はとっぱらって普遍性のあるものを伝えていく、それをクラシックシリーズというのなら、今回書くべきだったのはまさにそこなんじゃないのかなあ。伝言ダイヤルとかネットとかそういうものは道具立てにしかすぎないわけだし・・・。「ユートピアではなくオアシスだ」、とかいろいろ言葉を尽くしていてわかりやすくしているところはあったけど、それだけで89年の作品を今改めてやるには改訂が足りなさすぎた気がしてしょうがないです。

改訂が足りない、というか余計なものを残しすぎてしまったのかな、とも思う。ハッキリ言って役を全部残す必要あったのかとも思うし。第三舞台は基本的に当て書きで、そこにいる役者に投げれるボール、投げてほしいボールを鴻上さんは渡していたと思う。そういう、役者とともに作り上げていく舞台だったから、全てのパーツが無駄なく存在していたけど、当て書きで書いた過去の役を十年経って違う役者にやらせても、役が生きてこないのは当たり前なんじゃなかろうか。もちろん、大森さんの黒マントは非常に神秘的で格好良かったけれど、それは大森さんという役者さんが持っている魅力を出したにすぎない、とも言えるし。佐藤さんのハラハラももちろん悪くなかったけど、佐藤さんのキャラクターだったらもっと違うことが出来ただろうと思わずにいられなかった。あれはだって、伊藤さんのキャラクターで書いた役でしょう。若干名の若い役者さんをのぞいて、基本的にキャスティングされた方は凄く実力のある人たちで、だからこそ、もったいない・・・という思いの方が大きい。

市川右近さんとはやはり、文法が合っていないな、という印象がありました。言葉の軽さもそうだけど、立ち姿が重々しすぎです。鴻上戯曲にはある程度の軽やかさは不可欠なような気がする。きょーへいをやった富岡くん・・・だったっけ?きょーへいはもっと・・・なんというか、せめて舞台の基本ぐらいはわきまえている人にやって欲しかった。だって、あれ、めちゃめちゃ良い役よ!?あの鏡のシーンが締まるか締まらないかは彼にかかっているのに・・・。富田さんは個人的に非常に○。というか、鴻上さんはあきらかに演出の力の入れようが違う。どうなんですかそれって。富田さん以外はやりっぱなしな感じだぞ!?山本耕史くんはさすが。言うことなしのうまさ。直太郎のギャグが変わっていないのは鴻上さんの怠慢でしょう。宮崎優子さんもよかったなぁ。すっとぼけな味の出し方が意外にうまくて、役を生かしていたと思う。天宮さんも、私はすごく良かったです。というか、もっと変えてあげて欲しかったよ・・・せっかく踊りも歌もうまい人なのに・・・。最初に、最後の最後まで冷静だった、と書いたけど、実は私が舞台に引き込まれた瞬間が一度だけあった。それは山下さんのが六本木にナイフを渡す時の、「あなたが好きでした。そして憎んでいます」と言うシーン。顔を歪めて振り絞るようにこのセリフを言った山下さんのその姿は、私にとって間違いなく「劇的瞬間」でした。彼女はこの2時間強の舞台の間、ずっと的確なボールを投げ続けてくれていた。さすがだと思う。「当てて」書かれた役者なのだから、当然なのかもしれないが。

座席は、前から7列目のど真ん中。座席としては最高だったと思います。いろんな効果も堪能できたし。けど演出も、特に大きく変えていたわけではなかったような。あ、でもあのロマンサーの歌う歌は・・・つ、つらかったっす(汗)ラップもつらかったです・・・。オアシスのシーンとか、さすがにゴージャスなセットになって、迫力があってよかったんですが、しかし肝心のラストの鏡がねえ・・・私はてっきりあの中劇場の舞台奥までびっしり鏡にしてくれるもんだとばっかり思っていたんですが。難しいか・・・。でも、あの中途半端な客席壁の鏡の貼りつけようは哀しいです。目に見えている自分と、見えてない自分を統一しないと出ていけない鏡の洞窟。黒マントがマントを翻した瞬間、いまお前のいるそここそが鏡の洞窟だと思い知らされるラストの衝撃は、あれで果たして成立していたんでしょうか。せっかくあの神秘的な奥行きがある中劇場なのに、ちょっともったいない感は否めず。

私は、なんだかんだ言っても鴻上さん、好きです。というか、あなたで産湯をつかって育ったようなもんだから、もう抜け出せない。だからこそ、もっとぎりぎりぶつかり合って欲しいのよ。役者とも、客ともさ。鴻上さんが思っているほど、今の観客にあなたについていく体力がないとは、私にはどうしても思えないんだけど。