「SKIP」 キャラメルボックス

北村薫さんの「スキップ」は私の大好きな作品である。何遍も何遍も読んでいるし、この本をひとにプレゼントしたこともある。北村さんの「時・三部作」すべてを初版で(勿論単行本で)揃えているが、圧倒的にこの「スキップ」がお気に入り。というわけなので、そんな私の思い入れも含めて、以下の感想を受け止めて貰った方がいいかもしれないです。

・・・と書くと、まるで「ダメでした」と続くようですが、良かったんです。すごく良かった。近年のキャラメルボックスの中でベストワークだと思う。なのになぜ「原作がお気に入りであることを加味して」と書いたのかというと、あまりにも「スキップ」だからなんです。本当に、ものすごく忠実に舞台化してくれてる。成井さんはご自身で舞台化を強く希望されたというだけあって完全にこの物語を理解していて、原作のエッセンスはほぼ完璧に舞台で表現していると言っていいと思う。かなりな分量ある原作の地文をモノローグとして役者に読ませるというすごく時間のかかるやり方を取っているにも関わらず、2時間という上演時間にまとめ上げ、しかも原作のエッセンスを活かしきるとは、生半可な仕事ではない。

だからこそ、この原作を知らない、または知っていても好きではない人がどういう感じでこの舞台を観たのか、というのは少し興味がありますね。原作の地の文をそのままモノローグとして生かす、という手法は最初はなんか不自然な感じもするなあと思ったんですが、すぐに慣れ、しかも元の言葉がきれいなので非常に聞いていて心地良い。でも原作を知らない人には「長い説明台詞」と捉えられるかもなあと思ったり。まあ人のことをそんなに心配しなくてもいいんでしょうが。

シーンがころころと入れ替わるので(学校・教室・家・病院・体育館など)、セットも抽象的な感じに留まっており、それも私にとっては良かった点のひとつ。主人公の一ノ瀬(桜木)真理子を岡内さんと坂口さんの二人が同時に舞台で演じるという手法も非常によかった。こういうことが無理なくできるのは演劇ならではだよなあ。17才の真理子が42才の真理子に鏡を渡すシーンとかすごく効果的。お二人とも見事な好演で、坂口さんのうまさはデフォとしても岡内さんもいつもの「勝ち気で元気でちょっと素直になれない」といううるさ型キャラから解放されて素直ないい芝居をしているなあと思った。生徒役の中では島原をやった前田綾さん、まさにイメージぴったり!大滝をやった三浦くんもいるいる、こういう子、って感じではまってた。当たり前だけど生徒の数は限られてしまうので、なかなか個性を出していくのが難しいと思うけど、キャラ付けは結構成功していたんではないかなーと思う。

原作で好きなシーンのひとつに「好きな言葉 嫌いな言葉」を読み上げるシーンがあるのだが、唯一ココだけはもっと尺をとって原作の分量そのまんまをやってみて欲しかったかも。演出次第ではものすごく演劇的にインパクトのあるシーンになったんじゃないかなあ。2時間3分が2時間5分になってもいいからさ(笑)。逆に原作ではさほど印象に残らなかったのだが、合唱のシーンは圧倒的に素晴らしかった!これは勿論音楽の力が大きいのだけど、演出も非常にシンプルでシーンの力強さを後押しする感じ。いやーもう、これから原作読み返すことがあっても合唱のシーンは絶対あの音楽で聞こえてきてしまうよ!

もうひとつ、私が「スキップ」で一番好きなシーン。これを舞台化する、と聞いたときに「フォークダンスのシーンはどうするんだろう」というのがまず私の脳裏に浮かんだことでした。新田をやったのは細見さんなんだけど、若干イメージが違うとはいえ終始静かな中に存在感を示していかなければならない役所をきっちり演じてくれていたと思う。喋って会話でキャラを示していける他の役より、難しいところだったんじゃないだろうか。

17才から25年間の自分の時間を喪った真理子にとって、新田と踊るあのフォークダンスは、青春の全てである。恋をし、それを畏れ、ときめき、傷つき、失い、そして時間が止まればいいと思うほどの幸福に満たされる、そういったことの全てが、彼女にとってはあの数分の、いや数十秒のフォークダンスに詰まっているのだ。たった数秒。その幸福と切なさ。舞台では大仰な照明も音楽もなく、淡々と流れる音楽と、二人を淡く照らす明かりがあるだけだ。言葉には決してできないその数秒の重さを、だからこそ感じることが出来る。見事なシーンになっていたと思う。

原作ではエピローグに当たる部分まで、まったく忠実すぎるぐらい忠実にやってくれました。わざとあざといクライマックスを作ったりせず、原作の力を信じたからこそできる技だなと。いやもうまったく感服つかまつりました。そういえばカーテンコールで、久々西川さんの挨拶にあたりまして、でもって久々に「僕たちはいつでもここにいます」を聞いた。ちょっと泣いちゃったよ。最後に、成井さんの原作への愛と情熱に、もう一度拍手を。