「吉原御免状」 新感線

原作は読まずに観ました。迷ったんだけど、原作のレベルが高いことは折り込み済みと考えると、あえて縛られずに舞台を観た方がお得かなと思ったので。うーんでも、本を読んでからにした方が良かったかな、選択をちょっと誤ったかもしれません。キャラメルボックスの「スキップ」でもそうでしたが、創り手のほうが原作を非常に理解し、リスペクトしていればしているほど、原作の世界観を叩き込んだ上で舞台を観る方が入っていきやすいように感じたので。

大人の新感線、というよりは、「男の新感線」だなあというのが私の第一印象です。笑いのための笑いを仕込んでいないということよりも、いつもの新感線とちがうな、ともっとも感じたのはその点でした。今までの新感線は男っつーより「男の子」でしたもんね。

男のロマンアイテムをこれでもか!と詰め込んだ話ですよねえ。剣士、宮本武蔵貴種流離譚、天下をひっくり返す秘密の書状、自由人、吉原、美しい女たち。正直に言いますと、あまりにもてんこ盛りすぎて「もういいや」という感じでした。また出る女出る女それぞれ皆誠一郎に惚れ、しかも全員タイプが違うというのがすごいっすよね。女との睦言の間には決して邪魔は入らないあたりも、ハードボイルド小説のお約束を読むようでした(何故高尾とふたりきりの間に押し入らなかったんだ、とかね。骨抜きでしょうとかいうから絶対今から襲いに行くんだとばかり思ったのに)。

先に原作を読んでおくべきだったかな、と思ったのはそのあたりで、デティールをより積み重ねていける小説では流れの中に収まっていることでも、物語上重要な出来事だけを積み重ねて見せてしまうとどうしても浮いてしまう部分があるんですよね。個人的には、八百比丘尼とおしゃぶのふたりは浮いていたように思えます。

普段の新感線では見られない色っぽいシーンが多々あるとはいえ、え、えろい・・・・!というような、そそられるものがなかったのもいまいち不満。古田&松雪の絡みでさえなんだか絵みたいだったんだよなー。義仙というひとを描く上での演技プランなのかも、とも思いましたけども。

オープニングの、廻り舞台を使った花魁道中は美しい。キル・ビル風味の音楽が実に格好良く、舞台奥と手前から高尾と勝山が行き交うところは四月に見た「籠釣瓶」を思い出しました。衣装も今回、よかったと思う。特に堤さんは出てくるたびに洗練されていてみとれることしばし、という感じでした。勝山の白もよかったっすね。白と赤、という単純な組み合わせを完璧に着こなせる松雪さんの美しさもすごいです。

あと、これは気のせいかもしれないんだけど、あえて客に背中を向ける芝居、がところどころに見られたような気がした・・・。二、三カ所あれ??と思ったところがあっただけなので、本当に気のせいかもしれないんですけど。ラストの誠一郎とか、絶対今までのいのうえさんだったら正面向かせてると思うんだよなあ。これも新境地への変化のひとつなのかしら?

役者さんそれぞれの演技は非常に高レベルで、物語としてはちょっと入り込めなかったですけど、描かれなかったディティールを埋めてあまりある熱演の数々は素晴らしかったです。堤さんは後述するとして、古田新太というひとはやっぱすげえな、と毎度毎度のように思っていますが今回も思いました。というか、古田さんがすごく真摯に、真面目に悪役を貫き通しているのがすごく新鮮でしたね。逃げ道や情の入り込む隙間を許さず、徹頭徹尾義仙の悪を演じているのがよかったです。古田さんの悪役なんて見慣れているようで、実は善悪問わず「斜め」であるのが古田さんのある種特徴だと思うんですけど、ここまでまっすぐ演じてくれるとは!という感じでしたよ。逆ベクトルである「罪と罰」才谷役への期待が高まってきたりして。

善さんの水野はなにげにいい台詞が多い。役得ですな〜。「この死に花が、なかなか散らねえんだよな!」はしびれます。村木仁さん、アオドクロのときもそうだったけどこの人の人情芝居はちょっと独特の威力がある。この地に足着いた感がそうさせるんでしょうか。松雪さん、こういった美しさと儚さを出せるヒロイン、かつ芝居のしっかりした人、というジャンルは実は結構人材が払底している気がするんだけど、見つけた逸材を!という感じがしましたね。「夜叉が池」でもよかったので、心配はしてなかったですけど、舞台度胸も満点でよかよか。じゅんさんの宗冬というのはそれほど意外でもなかったんですけど、私がいちばん呪縛を感じたのは「ざんすと言わない右近さん」でした・・・気がつけばもう10年以上、新感線ではざんすという右近さんしか見てなかったんだ。もうすごいびっくりしました、っていうかいつか間違えてつい言っちゃうんじゃないかとドキドキしました(失礼な)。うーん、大人になるってこういうこと?

しかしま、今回の最大最高の功労者はなんといっても堤さんですよな。というか、松永誠一郎というこの役を舞台で演じて、説得力を持たせられるのってちょっと堤真一以外考えられないというほどのはまりっぷりだと思います。朴訥さ、失われない品の良さ、剣の腕(ここ重要)、器の大きさ、女がほっておかない独特の甘い雰囲気・・・。設定上の年齢と差があるのかもしれませんけど、いのうえさんじゃないけど「今の20代でこの役をできる役者はいない」と私も思います。ごりごり押してくるタイプの色気はこの役にははまらない、匂い立つような存在感がやっぱり必要で、堤さんにはそれがあるんですよねえ。いやまったくナイスキャスティング。

堤さんがいつもの真っ直ぐさで誠一郎を演じ、それに抗する名手古田新太がこれまた直球の悪でぶつかる対決シーンはどれも見物。特に最後の裏柳生との対決は、堤さんの気迫の凄まじさが舞台を一気に覆うようでその殺気にのまれます。義仙の「やっと人間らしい顔になった」云々の台詞も良いし、このシーンだけ時間3割増で見せてもらいたい!と思うほどでした。身体保たないだろうけどね!(笑)