何がマクベスを守っていたのか

マクベスの話続きで、ちょっと雑談。
感想でも書きましたが、有名な「女の股から生まれた男にマクベスを倒すことはできない」と「バーナムの森がダンシネーンの丘に向かってくるまでは」の台詞。
実はかの「指輪物語」にはこれを意識して書かれたのでは?と思われる場面があります。
ひとつは、映画でもハイライトのひとつだった「私は男ではない!」と叫んで指輪の幽鬼を倒すエオウィンのシーン。そしてもうひとつは映画では第二部のラスト、エントが動く(森が動く)シーン。原作や、TTTのSEEではもうひとつ、フォルンという動く森も出てきます。
トールキンは、英国人にしては珍しく(?)、シェイクスピアを好んではいなかったようで、著作の中でそれに触れてる部分もあるほど。
「女の股から生まれた男にマクベスを倒すことはできない」という文言に「月足らずで母の腹を裂いて生まれたのだ」と返すことで良しとすることを肯んじ得なかったトールキンは、自分なりの返し方を提示してみせたのでは?という説もあるくらいです。

指輪物語では、幽鬼の首領に対し「人間の男には彼を倒せない」という文言が使われます。これは和訳の罠で、原文では「No man can kill」と同様の意味ですから、直訳すれば「人間に俺を倒すことはできない」=「誰も俺を倒せない」という意味になるわけです。で、その「man」という縛りを「woman」で返してみせた、というわけ。「人間」と「男」が同じ単語であらわされる英語だからこそのワザです。

ここで唐突ですが私がいつも思うのは、「陰陽師」でよく出てくる「呪」(シュ)という言葉です。マクベスは、魔女たちによってかけられた「呪」によって守られている。「呪」は何かを何かだと決めること、名前はもっとも簡単な「呪」であると夢枕獏さんは書いていますが、マクベスにかけられたのも「呪」の一種じゃないかと思います。彼がそれを信じている間、彼を殺すことは本当に誰にもできなかった。だが、その「呪」が破られることによって彼の運命が揺らぐ。呪を破るのはほかでもないマクベス自身です。今回のメタルマクベスでも、「空が裂けるようだ」という部下の報告の言葉のマジックによって、彼は彼自身の呪を破ってしまう。

帝王切開で生まれたマクダフがマクベスを倒す、という展開は「苦しい」とする見方もあるでしょうが、理にかなっているかいないかではなく、なんでもいい、「呪」を破るきっかけこそがここでは重要なんだろうと思います。マクベスを倒すのはマクダフでなくてもできる、ただ、その「呪」を破るレトリックを持っていたのがマクダフであったというだけなのでしょう。