「第32進海丸」

ジャニーズ事務所主導の舞台でチケ取りダッシュに乗り遅れたらもう無理ですよね、と諦めていたところに天の助けの如く降ってきたじてキン優先のお知らせ。中央通路前のセンターブロックという最高のお席を頂いて本当もう感謝感激雨霰。

かつお漁から帰ってきた漁師たちが集う居酒屋、の二階にあるバー・マリーナ。土佐のいごっそうには居心地の悪いこと極まりないこじゃれた空間に佇む店番ひとり。そこに9ヶ月の漁から帰ってきた男たちが次々とやってきて・・・

しつこいほど言っているのでもう書かなくてもいいような気がしますが私は「父と息子」というモチーフに死ぬほど弱い。*1火垂るの墓」で人々がサクマドロップスを見てパブロフの犬のごとく泣くように、私はツボにはまった父と息子モチーフに巨人の星泣きをしてしまうわけです。

で、早い話がこの舞台でもそれはもうどうかと思うほど泣きまくってしまったわけです。

主演の三宅健くん、正直前半はつらいものがあった。全編が土佐弁で演じられるのですが、それに引っ張られているのか全体的に硬い印象。で、これも方言だからかもしれませんが語尾がちょっと聞き取りづらいのね。声はむしろ非常に良く届いているんだが、「聞こえるけど何を言っているのかわからない」というシーンがちらほらあった。

しかし、通信士のマナブの一件が明らかになって、思わず彼の弁護をしてしまうあたりから、素直になれない、言いたいけど言えない、そのマイナスのパワーが俄然伝わってきて、正直コウゾウさんに食ってかかるところなんか半分以上何言ってるかわかんなかったわけだが、なんかさ、人ってああいうときリアルでもグダグダになるじゃないですか。もう、自分でも何言ってるんだかわかんねえ!みたいな。

で、この芝居の最も美しい(と私は思った)シーンでもある大石さん演じるマナブとのやり取りになるわけだが、ぱちん、ぱちんと張り手を食らわしながらサトルの父への思い(ここでは逆に、マナブは自身の父への思いをサトルの立場を借りて語るわけです)を代弁してやる大石さんと、それを聞きながら文字通り嗚咽している三宅くんの姿にもう涙腺大決壊。張り手を入れるところが心憎いばかりの脚本(演出)だぜ!最後に振り上げた手は優しくサトルの頭に置かれるってあたりがもうだめ、ヤバすぎる。

皆が出て行った後、船頭の坂本と二人で会話するシーンもとてもよかった。最後に父と過ごした日々のこと、大好きだった父に謝られたこと、そして釣りが上手いと褒められたこと。あふれる思いを必死に伝えようとするサトルと、舞台の上で「余力」なんて言葉は知らないとばかりに必死にその思いを表現している三宅君の姿にこっちの感情も引っ張られまくり。最後の兄弟の会話、そしてやっと兄にだけ漏らした「もう一人はいやだ」という彼の本音に再び涙腺決壊。いやもう、電気がついてもしばらく顔を上げられなかった(泣きすぎで)。

上手いか下手か、ってレベルの話になるとそれはぜんぜん上手いってわけじゃないと思うんだけど、とにかく「役の感情を客席と共有させる」ってことについてはすげえものがあるな、と思いました。

しかし、見ていてほとほと感心したのは登場人物すべて(乱入組の二人に至るまで)に、ちゃんと光と影を当ててみせている脚本。どの人物も「書きっぱなし」にしないその誠実な書きぶりに大きな拍手。蓬莱さんに目をつけた*2鈴木裕美さんの目の確かさよ!

しかし、よくもこれだけ巧者を集めたな!と思うような充実なキャスト陣でした。ザ・おっさんたちの見事な仕事師ぶりに惚れ惚れ。菅野菜保之さんとモダンスイマーズのお二人が初見だったのかな?菅野さんの船主、よかったわあ。お茶目さと底知れぬ怖さをたたえた演技で、場を一気に締めてましたよねえ。でも、最後はなんだか哀愁で、「昔はよかったなあ」とか、ほんと切なくなった。阿南さん大石さんの二人も手堅い!天宮さんと大鷹さんのホットさとクールさも対照的でいい味。ヒロシ役の伊崎くんは最後の最後にかっさらっていきましたねえ。

非常に完成度の高い脚本で手馴れた演出で、手堅い作品を見せてもらったなと思いました。いろんな意味で地味ではありますが、良質という言葉がぴったりくる舞台。それにしても私はあまりの涙の量に脳内水分浸透圧がおかしくなってしまってもう、頭が痛かったよ!

*1:例えて言うなら映画の「ビッグフィッシュ」、長塚さんの「マイロックンロールスター」など

*2:パンフで、「裕美さんに声をかけてもらった」と蓬莱さんが仰っていたので