たのしくない話

「高坏」で高足売の七之助くんと次郎冠者の勘太郎くんがお酒を飲んでしまう場面がありますが、そのときおそらく2階席と思われるあたりから、男性の声で

「酒飲んでもええけど、キレんなよ!」

というヤジが飛んだ。
もちろん、それはかつての事件のことをあてこすって七之助くんに対して言っているのだ。や、七之助くんに対してじゃないな。なんだ、その「どうだ、俺、うまいこと言うだろ」的な、そういうアピールなんだろう。
アホか。
その場ではなんというか、さざ波のように苦笑が湧き起こった、という感じでしたが、その後酔った高足売が一人で踊る場面で、明らかに同一人物が

「大丈夫かーーーー!(笑)」

と、またしても声を飛ばした。
私はたまらずに声のした方を振り返ったけれど、それで誰かわかるわけでもない。客席の空気は確実に悪くなったし、いや、客席はどうかしらん。でも私の、なごやかな花見で高坏と高足を間違えて買ってしまう次郎冠者のおかしくて、たのしい、香るような世界にいた気分は一瞬にして吹っ飛んで、その気持ちは二度と帰ってこなかった。
かつての事件のことを、どうこう言わん。それはもしかしたら、七之助くんが一生背負っていかなあかんもんなんかもしれん。そう言われるだけのことをした、そうかもしれん。
でもそれで、客の気持ちまで台無しにする権利が、あのおっさんにあるんやろか。
ただの自己アピール。「うまいこと言うたった」みたいな、あの声。虫酸が走るわ。

たのしみにして、来たのになあ。勘太郎くんにも、申し訳ないことした気持ち。ちゃんと舞台と向かい合ってあげられなかった。

どうにかして、「いち観客」から抜け出そうとする行為をするひとはたくさんいる。それもまあ、舞台やらライブやらを楽しむひとつの方法なのかもしれません。でも、ひとに迷惑かからん範囲でやろうぜ。マナーってそういうもんでしょ。自分以外の他者に自分と同じように気を遣うことでしょ。演者に対する自分、の位置はよく見えているのに、隣の客から見た自分、の位置はぜんぜん気にしないって、不思議でしょうがない。演者に対する自己アピールは、お願いですから自分の脳内妄想の中に留めておいて下さい。