千秋楽おめでとう

ナイロンの「神様とその他の変種」も今日で無事千秋楽かな。おめでとうございます。見たのはもう1ヶ月以上前なので、だんだん記憶も薄れつつありますが、いやしかしいい舞台でした。今のところ私の上半期ぶっちぎりのベスト1です。経験則からいって、こういう劇的興奮を味わえる舞台というのはそう年に何本もあるものじゃないので、年間ベストでもびっくりしない。

観ている間は、ちゃんと自分が階段を一段一段上がっていっている、と思っていたのに、ふと気づくと階段を下りていたとか、白だったものが黒だったとか、なんかエッシャーの騙し絵の中に入り込んだような感覚を味わえた舞台でした。殊に、二幕終盤のクライマックスで突然「神様」が現れて、そこからの展開、あのイヌコさんの「ハピバースデーツーユー」に入っていくあたりとか、しばらくそのシーン思い出してはひとりでニヤニヤしてしまう怪しい人になっていたよ俺は。

ケラさんはどんなにシリアスな物語でも、そのなかの「おかしみ」みたいなものをすくい取ることに長けている作家であり演出家ですが、でもだからこそこういった「ねじ込み」をしない人でもあったと思うんですよね。笑いのために、多少コントも入れてみました的なことをやるひとじゃないという印象が私にはあって、その妙に律儀なというか、何でもありなら「何でもありです」という旗をちゃんと立ててやるようなところがケラさんにはあるような気がする。

なのに、この前後とはまったく繋がらない突然の「神様をめぐるどたばた」がなんの違和感もなく物語の中にあって、それがちゃんと成立していて、はっと気がつくと表と裏が逆転しているような、家の中を見ていたのに、今度は私たちが家の中にいるような、雨の中で濡れながら誰も「家の中に雨が降っている」といわない、そしてそれが当たり前として受け止められる、そういう世界にいつの間にかきている、というような。これを劇的興奮といわずしてなんと言おうか。

閉鎖的な家族、他者を受容できない母親、事なかれをきわめたかのような父親、息子の死の要因すら感じ取れなかった夫婦、そういった人物をめぐる物語の部分はもちろんですが、その物語を見ながら「自分がどこにいるかわからなくなる」という感覚をも味わわせてくれた舞台でした。少なくとも私にとっては。

それにしてもこの舞台のイヌコさんは素晴らしかった。山崎さんの、ひとり息子を喪ったことを話すモノローグも圧巻であったが、そのあとの夫婦のシーンであれだけシリアスなやりとりをした一瞬後に、「ハッピバースデー」と満面の笑顔で切り返すことが出来る女優なんて、ほんとそうそうはいないと思う。そして近頃のナイロンのクオリティの高さにはまったく参る。秋の舞台も、なんとか都合をつけて観に行きたいものです。