「血は立ったまま眠っている」

戯曲は読まずに見ております。天井桟敷華やかなりし頃を知っているわけでもなく、アングラ、というものへの免疫もあまりないので、若干腰が引けつつの観劇。以下、展開に関してのネタバレはまあ、ないと思う。

私はそんなに蜷川幸雄のいい観客ではないんですけど、蜷川さんってやっぱりすごいロマンチストだと思うし、そういう彼の思いが迸るような作劇にはなんだかんだとすごくぐっとくるところがあって、一方、猥雑さだったり極端な肉体であったり、既存の価値観に殴り込みをかけるような演出は若干苦手ではあるんですよね。それでこの芝居は、好きなところと苦手なところが交互にきた(笑)

床屋のシーンは、例えば六平さんクラスの役者がもう一人いて、場を牽引してくれていたら違ったのかなあとも思ったんですが、「退屈しない」と言いながら自ら檻に入り、こっそりと欠伸をする彼らの飽食具合というかね、そういうものが胸に迫ってこなかったなあと。

森田剛くんはこれで3度目の舞台で、今までの2回は新感線での舞台だったんですけど、個人的には森田くんは新感線よりも、もっと台詞のニュアンスを生かすところに出た方がいいんじゃないのかなあと思っていて(新感線がそうじゃないとはいいませんが)、なのでこの舞台には期待していたのですが、やーすごく良かったんじゃないでしょうか。だいたい、役者なんて最初の第一声が勝負だけれど、その時点でこれはいいな、と確信する感じでした。声がクリアだし、蜷川さんの好きな「何かを喪っていない」青年のロマンチシズムと、そのロマンチシズムゆえの苦悩をきちんと観客に届けていたと思います。特に印象に残っているのは鼠を踏んだ、という話を灰男にするところ、そしてラストの、首吊り死体に話しかける場面。あそこはよかった!「君は海を見たことがあるの?」というあの台詞のきらめきったらない。

窪塚洋介くんは初舞台ということですが、とにかく美しい。姿勢、立ち姿もそうだし、なんだろうな、佇まいとでもいいましょうか。基本的に舞台ってもう顔の造作とか関係ないと私は思っているので、どんなにきれいな女優さんでも「美しい」と評価することなんてまずないが、窪塚くんは美しかった。舞台で美しい、と思ったのは緒川たまきさん以来だ。おさえた台詞回しは蜷川さんの指定なんだろうな〜と思いつつ見ていましたが、またぜひ舞台に出て欲しいよ。

あと、すごく感心したことがあって、私がよく拝見しているブログでも書かれていたので決して偶然ではないと思うんですが、観客のマナーが素晴らしかった。携帯のバイブ音すら聞こえない観劇は久しぶりだった(情けない話ですが)。決して食いつきやすい舞台ではないし、長丁場で、観客が集中力を切らす要素はいくらでもあるのに、大多数の観客がほんとうによく集中していたと思う。私の座席はジャニーズのファンクラブ枠なので、おそらく周囲に座っていたのは森田くんのファンであろうと思うけれど、彼の役者としての仕事をきちんと見届けたい、というような心も少なからず感じたのだった。そして彼はその期待に充分に応えたのではないかと思う。口からこぼれる台詞のすみずみに叙情があふれていて、蜷川さんの求める「何かを喪っていない青年」を見事に体現していたと思います。