「欲望という名の電車」

やー、面白かった。今までの「欲望」とはまったく違った楽しみ方をした感じが観劇後ずっしりとありました。

それはなんでかっていうのを見終わったあとつらつら考えていて、まず自分の中に残った感覚の中に「ブランチという女の厄介さ」っていうのがすごく強くあったんですよ。今まで観た「欲望」ではね、スタンとブランチだったら、自分はブランチの視点からこの物語を見ているところがどこかあったとおもう。粗野で下品で「自分の文法にない」ことばかりをするスタンリーという男。つまりスタンをはじめとするあのフレンチクォーターの世界そのものが「異物」に見えていたんじゃないかと思う。世界の軸はブランチの方にあった、今までは。

しかし今回の松尾さんの「欲望」では、ブランチこそが異物なのだ、少なくとも私はここまで鮮烈にそれを感じたことはなかったと思う。スタンや仲間たちの品のなさも、プライバシーのない生活も、それこそが当たり前の日常であって、劇中でステラが言うように「抜け出したいなんてちっとも思ってない」という言葉がすとんと腑に落ちるところがあったのだ。賭けてもいいけど、あのステラならあの家を出て行かない。絶対。

面白いのはここからで、年齢を気にし、見た目を気にし、誰かに賞賛されることでしか自分を保つことができず、誰かにあがめられることでしか自分の価値を認めることができない女、一般欲望にがんじがらめになってそれ以外の物差しを持つことができない女、そしてそうやっているうちに、なんの実存も手に入れることができなくなる女が、だんだんと自分の影と重なって見えてくる一瞬がある、そこがもっともこわく、そしてもっともスリリングに感じたところでした。それまでにブランチという女の厄介さを実感しているだけに、「これは私ではないか」と感じたその瞬間のぞっとする感覚ったらありませんよ、もう。

物語の最後にブランチが崩壊してしまうことが、ここまで何の違和感もなく入ってきたのは初めてかもしれないです。

それなりに長丁場の舞台なのに、あっという間に時間が過ぎている感覚があって、途中で「これ休憩なしで最後までいくんじゃないか」と思ったんですけどそんなことなかったですね(笑)しかし1幕終わった時点でもう2時間近く経過してたとは驚きでした。やっぱり松尾さんの演出ってスピード感があるし、間を埋める作業というのをほんとに徹底してやってらっしゃるのもあっという間に感じた一因かもしれないです。

いやしかし、秋山菜津子おそるべし。3時間喋り倒す台詞術もさることながら、その声色の多彩さ、ブランチという女の持つ硬質さと脆弱さ、どうしようもなく厄介なのに目を離さずにいられない蠱惑的な部分も含めて、その役者としての見事な仕事っぷりには興奮させられました。最後の「この人シェップハントリーじゃない」という時の表情凄まじかった。スタン役の池内さん、ステラの鈴木砂羽さん、ミッチのオクイさん、いずれも枠からはみ出ているわけではないのにしっかり新しい印象を残していてとてもよかったです。

名古屋は大楽だったんですね。どこにもスキのない、密度の高い素晴らしい舞台を観させて頂きました。ブラボー!