エッグ、千秋楽

最初は一回だけの観劇予定だったのですが、そういうときほどヒキがあるもので千秋楽のチケットがころんと転がり込んできまして、ま、フイにする手はないやな、と軽い気持ちでいたのですが、今にして思えばもう1回見る機会があってよかったと心から思います。

スポーツ、という言葉の端っこをずっと握って見ていたら実はそれがまったく違うものに変わっている、という体験をした初見はある意味スリリングでしたが、私はものすごく頑なに「スポーツへ帰着」する方向を結構ギリギリまで探しながら見てしまったんですよね。粒来、平川、安倍の三人が「背中を向けろ!」といわれるシーンで並ぶ背番号が「7」「3」「1」となっているのを見てやっとあ、そうなのかと。

なので、着地点を思いながらもう一度舞台をたどることができて気がつくことも多々ありました。安倍が最初に控えで着ている背番号が137になっているとか、そもそも名前も安倍比羅夫だとか、いろんなところにフックがあったんだなあと。でもって、あの舞台美術も731部隊の本部址を模しているんですよね。そのあたりの史実に通暁しているひとは、きっともっと早い段階で色々と気がつくところがあったんだろうなと思います。

個人的には、何が起こるかわからないで見ていたときよりも、何がおこるかわかってから見ていたときのほうがしんしんとした怖さを感じました。特に橋爪さんの演技は、飄々を絵に描いたようであるのに底しれぬ怖さがあった。粒来に自死を促すシーンの、ひとつも声を荒げていないのに絶対に逆らえないと思わせる、あの怖さ。「お前たちが中庭で暇つぶしにやるスポーツのようにこれを語れ」。

粒来はもちろん円谷幸吉からきているんだけど、確かに彼のあの有名な遺書とかは年代によって反応が別れそうなところですよね。あと秋山菜津子さんのオーナーは、オリンピック、宣伝、映画とくるとどうしてもレニ・リーフェンシュタールを思い浮かべてしまいました。あと物語の構造が遊眠社時代を彷彿とさせる、という印象は変わらないんですけど、台詞もそういうところがあるような気がしました。あの望遠鏡を逆さに持つ女の子のくだりとか。

それにしても、ほんとにいい千秋楽でした。客席も集中していたし、舞台そのものもみっしり詰まったいい舞台だったと思います。キャストも皆さん2ヶ月の長丁場を感じさせないパワーと新鮮さが感じられた。妻夫木くんは野田作品三本目だけど、今回が一番よかったなあ。藤井隆くんもすごくよかったんだよー、もっといろんな役を見てみたいと思わせる。

劇場案内係が叫ぶ、逃げるのよ、ここから逃げ切りさえすれば、すべてノスタルジーになるのだから、という台詞。そのあとの安倍が語る逃げていく人々それぞれの未来、そして車椅子の自分と苺に言う、無念です、無念です、無念であります、という言葉。それでもひらひらと歴史の梁に貼りつくだろう、と言う台詞をうけて登場した野田さんは、寺山修司の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」という短歌を詠むとき、一瞬声をつまらせたようにも見えました。

ノスタルジーになるのだから、というご自身の台詞の裏は、梁にひっそりと貼りついた原稿用紙一枚でも、ノスタルジーにさせない力があると信じているとも言えるわけで、野田さんの演劇にかける想いに改めて感じ入った次第です。