「遠い夏のゴッホ」

大河ドラマを終えた松山ケンイチさんがこのタイミングで初舞台、そしてそれがあの「惑星ピスタチオ」の西田シャトナーさんの作演、しかも彼が「セミ」の役をやるという、なんか情報量多すぎてどこから飲み込めばいいのコレ!という舞台。シャトナーさんの舞台に馴染みがある人には「セミ」という設定にも「まあ、あるある」と喉を通るところがありますが、そうではない人にはすげえとっつきづらいんじゃないかという余計な心配と、ホリプロと松ケン先輩、そしてシャトナーさん、そして各方面に渡るキャスト…と、どんなもんなのかなあ…とおそるおそる足を運んだところはありました、正直。

駄菓子菓子!それは杞憂でした。杞憂でした。大事なことだから2回言いました。物語の流れは公式サイトのイントロダクションにほぼ書かれているとおりです。羽化を楽しみにまつ少年と少女。しかし彼らは引き裂かれてしまう。少女に再び会うためには、少年は冬を乗り越えなければならない。

人間同士の恋愛で、「死が二人を分かつまで」を描こうとすると、どうしてもそこには病気とか事故とかいった要素が介入してきがちです。ですがここで描かれる虫の世界では、運命が、劇中の台詞によれば「自分たちをこんなふうにした何か」が、厳然と立ち塞がる。たったひと冬、それを彼らは越えることができない。だからこそ、なんでもないことが途方もなく大事に、美しく見えてくる、そのうまさに唸りました。

見ているうちに、虫の世界なりのルールとドラマに観客を没頭させる脚本、その見せ方はさすがのシャトナー節で、大きなACTシアターでも空間を使い切っていて見事でした。顕微鏡でじっと覗いているうちに自分がその世界に入ってしまったような、不思議な感覚を味わうことができます。そういえばピスタチオの「WORLD」で昆虫学者のそういうシーンがあったなあ。殺陣の振付もよくて、あのトカゲの動きとか見事としか言いようがない。

かなり豪華と言っていい個性派キャストが顔を揃えていますが、それぞれの虫にそれぞれの見せ場がちゃんとあり、単なるモブのような描き方をしていないのがいいですよね。ことにサーベルカマキリのセルバンテス(登場シーンで「野獣郎…?」とか思ったのは内緒の方向で)、ゴイシクワガタのイルクーツクは個人的にもツボにはまりすぎました。石川禅さん、渋くて声がよくて大人の魅力極まれりでしたよ…!小松さん演じるハチのジンパチや大和さんのクモのラングレンと蜜に集まってるとことかすげえよかった…って、見ている人にはわかるけど見てない人には想像つかないっていうね!いやいやみんな見に行ったらいいと思うよ!

「清盛」で成親をやっていた吉沢悠さんも出演されていて、主人公であるゴッホベアトリーチェの間で伝言を取り持つミミズのホセだったんですけど、役柄もさりながら出てくる芝居のトーンが限りなく河野まさとでした。つまるところサンボでした。いやーかわいい、いいキャラだったなー。絶妙の愛嬌ですごく笑いをさらってましたよね。松ケンせんぱいのゴッホ、幼虫のときの訛ったキャラが悶絶もののかわいさで、さらにそこから老いていくセミを演じるという、「清盛」の百倍速早回しを見るような芝居の引き出しの多さを存分に発揮してました。もちろん初舞台ならではの部分もありましたが、なによりすんげえ楽しそうにやっていて、そこがほんとよかったです。

たったひと冬を越える、という時間の流れを運命の高い壁に見せ、その世界の中でのドラマを見ることが、いや体験することができる芝居でした。これは舞台でないと見ることのできない世界です。ぜひ劇場で。