「ゼロ・アワー 東京ローズ最後のテープ」

あいちトリエンナーレ2013パフォーミングアーツ参加作品。ままごとを観に行くために公式サイトを拝見していて作品紹介に惹かれました。

「ゼロ・アワー」とは、太平洋戦争中に日本政府が連合国軍向けに行ったラジオ放送番組の名称。
南太平洋で戦う米兵たちに届いた女性アナウンサーの魅惑的な声は
いつの間にか「東京ローズ」と呼ばれるようになる。
終戦後、彼女をひと目見ようと彼らは廃墟の東京に殺到するが…
史実とフィクションが交錯する「声たち」をめぐる物語。

そしてチラシの「愛をこめて、あなたたちの敵より」。

やなぎみわという方をまったく存じ上げず、現代美術家で最近演劇作品に取り組まれている…と略歴を読んでもまったくぴんとこない、というテイタラク。そしてなんとなく漠然と、もっと抽象的なというか、観念的なというか、そういった手触りの作品になるのかなあと勝手に予想していたのですが(予想っつーより貧困な発想というべきか)、それらは完全に的外れでした。もう、まず「物語」として面白い。チェス盤と太平洋を挟んで向かい合う二人の男と、その二人の男が出会ったきっかけとなる「東京ローズ」を巡る物語が交錯していくのですが、果たして誰が東京ローズなのか、という物語上の謎(観客にはその答えは先に示される)と、実在した「東京ローズ」の物語そのものの魅力にぐいぐいと引っ張られる感じ。

戦時中に敵の戦意を喪わせる目的で、捕虜と日系人に作らせたラジオ番組。彼女らは魅力的な声で語りかける。わたしのかわいい太平洋の孤児たち、今日はあなたの船は沈まなかったのね?また会えて嬉しいわ…。自分の耳元で自分の妻の、恋人の不貞を囁く魅惑的な女の声。実際にそのラジオ番組に兵士たちが夢中になったというのもむべなるかなです。

ラジオ、声、というのが大きなアイテムとなっていて、実際に客席に入ると「案内嬢」にイヤホンガイドと呼ばれるイヤホンつきのラジオを手渡されます。その受信状態を確認するところから、物語はすっと始まっていく。芝居を観る、という集中した状況で、さらに五官のひとつ(片耳ですが)を支配されると、これはさらに猛烈な集中力を要するというのもなかなか得難い体験でした。あの時点で非日常に入っていくので、客席の集中も最初の時点でピークに達していたんじゃないでしょうか。

東京ローズとしてその罪(米国に対する国家反逆罪)を問われることとなった女性が言う「このゲームには勝てないわ。だってこれは私たちのルールでやっているゲームではないもの」という台詞が、まさにあの戦後処理のさまざまな矛盾と混乱を象徴していたなあと思います。

もうひとつこの舞台で強く心に残ったのがその美術(セット、映像、照明等々)のすばらしさ。演劇作品においてこれらのものが、これらのものをひとつの強烈な世界観で貫いて作ることがどれだけ重要かというのを改めて思い知らされたような気がします。溶暗していく明かりの繊細さ。衣装とセットの美しさ鮮烈さ。ほんと、劇的に見せるということがどういうことなのか、を堪能させていただいた舞台でした。

二人の男が対峙する最後のシーン。ダニエルはもしかしたら気付いていたのではないか。声がチェスの駒を動かす。声だけが盲いた男の耳に残る。美しいラストシーンでした。