「ウィンズロウ・ボーイ」

じてキンで「ラティガン祭り」をやったときは、裕美さんはこの「ウィンズロウ・ボーイ」は演出してないんですね。あの「ラティガン祭り」は、裕美さんが演出した「ブラウニング・バージョン」で浅野和之さんが読売演劇大賞最優秀男優賞をおとりになったり、3作いずれの評判もよくて遠征しなかったことを後悔したものでした。

で、今回、満を持して裕美さんご自身の演出。いやー行って良かったです。以下ちょっとネタバレありつつかも。

5シリング為替を盗んだ嫌疑をかけられ、英国海軍士官学校を退学させられた13歳の少年。彼は「自分は決してやっていない」と訴える。その少年の家族が正義と、権利と、現実と向き合う物語。

最初にあらすじを読んだ時に、誤解が誤解を生み…みたいな展開なのかな(そういうのがちょっと苦手)と思っていたんですが、全然ちがう。全然ちがいました。ひとりの少年の無実を訴える、そのためにひとは何を犠牲にできるのか、犠牲をはらってでも得たいと思うものはなんなのか。この家族の中の誰に心情を寄せるかはほんとに観たひと次第ですし、そしてこの物語のすごいところは「そのどれもが間違っていない」ということをきちんと描いているところだと思います。

多額の金を費やし、体調を崩し、自分の人生のほとんど残りすべてを賭けてでも、幼い息子の正義を立証したい父に、母がこう言います。たとえそうやって「正義」を得たとしても、この子は一生あの「ウィンズロウ事件の子だ」と言われ続ける。それがはたして幸せですか、と。新聞記事の投書欄には「こんなくだらない事件よりも、今まさにヨーロッパで戦火の火の手があがりそうなこの情勢で、メディアはもっと伝えるべき重要ななにかがあるだろう」という投稿が載る。少年の兄は「これが自分の弟のことじゃなかったら、ボクだってそう思ったんじゃないかな」と言う。

たとえ実際に罪を犯していないにせよ、それを立証し名誉を回復する過程で、それよりももっと重要な何かを喪ってしまうのでは、という母の心情はもっともですし、新聞記事の投書欄についても、兄の言葉同様、いや、しょっちゅう誰もが口にしていますよね。「そんなニュースよりももっと大事ななにかがあるだろう!」わたしも言ったことがあるかもしれない。

その葛藤を抱えて戦い続ける、戦うことしか選べない少年の父と姉、ふたりの会話がとてもすばらしい。何をやっているかはよくわかっている、その道を選ぶしかなかった、選ばなければ自分が自分でなくなってしまう、そんなふたりが手を取り合うシーンの美しさよ。そして終盤の、正義を守ることよりも、ひとりの小さな権利を守ることの方がずっと難しい、という台詞には、思わず胸が熱くなりました。

観ながら、「ザ・プラクティス」の最初のエピソードを思い出したりしていました。有罪を認め司法取引すれば何ヶ月かの労働奉仕でいい、けれどあくまで無罪だと主張し裁判に持ち込むなら、おそらく服役することになるだろう、という場面で、少女は「だが自分はやっていない、やっていないのに罪を認めることはできない」と言う。弁護士ボビーはその少女を信じて裁判に持ち込む。あれほんとすばらしいエピソードなんですよ(話が逸れた)

何かにつけて弟と較べられ、あげくオックスフォードを退学することを余儀なくされる兄がいつダークサイドに堕ちるのかなとはらはらしましたが、最後まで陽気でちょっと抜けてるお人好しの兄だったのもよかったなー。キャサリンの婚約者も、あれは彼のこと責められんだろうと思っちゃう私もいます。とはいえ、ああいうタイプは結婚すると「女の権利?そんなものにいつまでうつつを抜かしてるんだ」とか言いそうではある。

しかしまあ、この舞台でとにかくぐりっぐりの二重丸で推したいのが中村まことさん演じる弁護士のサー・ロバート・モートンですよ!!んもう、かっこいいのかっこよくないのって、かっこいいんだよーーー!!!うおーー!!!一幕のラストとかあまりの芝居のキレと幕引きに「ちょっとー!二幕はやくみせてー!」って心の中で叫んだもの!「透明な論理」をひたすら追求する、傍目には傲慢で、スノッブな人物にも見える、その彼がふとした瞬間に見せる情熱…!いやーこれ、この舞台観てまことさんに惚れないひといないと思うよ。私がキャサリンならあの場で押し倒してるわ!(鼻息)

そのまことさんと、両親を演じた小林隆さんと竹下景子さんのほかは、新国立の演劇研修所出身の若い役者さんで座組が組まれていましたが、そのパワーバランスも絶妙だったなー。舞台セット、観ているうちにあれ?なんだか位置が変わってるような?気のせい?と思っていたら、一幕ごとに部屋を少しづつ狭めていたんですね!カーテンコールでセットが動いたのでそこでようやく気がつきました。

裕美さんが「ザ・演劇」です、とツイートされていたけど、まさにその「ザ・演劇」だからこその醍醐味を味わうことができた作品でした。おすすめです!