「ETERNAL CHIKAMATU-近松門左衛門「心中天網島」より-」

  • シアタードラマシティ 12列30番
  • 作 谷賢一 演出 デヴィッド・ルヴォー

タイトル通り、近松の「心中天網島」を下敷きに、現代に生きるもうひとりの「小春」の姿を描く物語。面白かったです。こういうのはタイミングを呼ぶというのか、つい先日最終回を迎えたNHKのドラマ「ちかえもん」とあまりにシンクロする部分が多く、勝手にひとりで興奮しておりました。昨年、木ノ下歌舞伎でこの「心中天の網島」を上演していて、それを見ていたのも個人的にプラスに働いたかな。

裏通りの風俗店で店に立つ「ハル」。彼女は死んだ夫が遺した借金の返済に追われている。彼女には毎週火曜日に訪れてくる馴染みの客がいるが、ある日その客の兄だと名乗る人物が店にやってくる。

元の筋書きをおさえていたおかげで、たとえばメールでのやりとりは起請文だなとか、愛想尽かしは携帯の録音機能を使うんだなとか、現代に置き換えられた趣向も楽しむことができましたし、その「ハル」の置かれた境遇の地に足ついた感覚があるからこそ、そこから「心中天網島」の世界に入り込んでいくのにも心理的に無理がなかった気がします。

馴染みの男との手切れ金を受け取ったハルは、かつての蜆川を渡る橋の上で、河庄に向かう遊女小春と行き交う。傘をさしかける小春と、それを断るハル。女同士、義理はないけれど情はある…。橋はこの世とあの世の端境か、ふたつの世界が交錯し、その世界では今日も心中天網島が上演され、今日も小春は河庄へ向かい、最後には橋尽くしの道行きの果てに命を落とす。

いやーしかし、中嶋しゅうさん演じる狂言回し、即ちこの戯曲の作者である近松門左衛門が、「曽根崎心中」を書いたあとの心中ブームに触れ、虚と実の狭間を描いた、その虚がほんとうの死体を産み出している、と語るあたり、まさに「ちかえもん」での虚実皮膜論を思い出さずにはいられませんでしたし、「心中天網島」での小春の死に際を決して美しいものにしなかったのは、これ以上死体を増やしたくない一心だったのだ…というところも、まさに「ちかえもん」での「作家に生まれたもんの背負った業」を見るようで心が震えました。

心中天網島の上演を見守るハルの視線は、現在の私たちからの視線の代役をつとめているようでもあり、つまるところ、あの世界のなぜ女だけがこんな思いをしなければならないのか?という部分を担っているようでもありましたが、というか、冶兵衛ほんと…どうしようもないな!って何回見ても思います。思いますよそりゃ。でも「小春にとって何にもない世界で、あの子を愛していたというその一点」だけは彼の救い…なのかもしれないけども。けどもー!って、思っちゃいますよね。古典の世界に安易に現代感覚を持ち込むのは興を削ぐことだとわかっていつつもやめられない。

現代の「ハル」はもっとドライで、だからこそ愛を39万円に変えることができて、変えることができたことに絶望する。橋というのはあの世とこの世をつなぐもの、だからこそ、その橋尽くしの道行きをしたもうひとりの「ハル」が、自分をこの世に引き戻させるという展開は、ベタなところに落ち着いたという気もしつつも、劇中で述べられた作者の思いとも重なるようで、よいラストだったのではないかなと思いました。

橋を縦横無尽に組み替えて場を作り出す演出がまず見事。横の動きで見る「橋」と縦の動きで見る「橋」がまったく違う貌を見せるのが如実で、さすがだなーと感じ入りました。あと、時雨の炬燵の場面などは、場面的には畳の間として見せることになるんですが、そこをピンヒールで歩かせるところがあまり日本人の演出家ではない発想!と思ったり。

深津絵里さん、よかったなー。いや、さすが、さすがです。個人的に、30万円の手切れ金を示されて、あの細く美しい手をひらりと返して低い声で「もうすこし、いただけません?」という場面の凄みに100万点あげたい。その前の、ひとつひとつの数字を出しながら、これから自分が相手にしなければならないだろう客の数を数え上げてみせるシーンもすごかった…。女形である七之助さんと並んだ時、女形のほうがどうしてもデフォルメされている分「強め」に見えてしまうと思うのだけど、それを敢然と受け止めきっているのがすばらしい。中嶋しゅうさんの恬淡とした佇まいもよかったです。個人的には、ババアをやっているときの食えない感じも大好き。小春の七之助さん、ここに出ている女性陣(うん、わかってる、ツッこまなくても大丈夫)の中で圧倒的に「女」であること、その様式美、仕草のひとつひとつ、動きのひとつひとつにこめられた肉体の説得力にも感じ入りましたが、個人的にはなんといってもあの去り際、ぐっと胸を反らし傘をあげるところ、ぐ、ぐ、ぐ、と一瞬毎に役者の姿が大きく見え、のまれる、とおもうあの一瞬。これ、これだよなー、この味を知ってしまうと、なかなかほかで満足できない。そう思わせます。あと、でこちゅーは反則!反則ゥ!