「足跡姫」NODA MAP

まだ開幕したばかりですが、かなり踏み込んだ内容です。観劇前の方はご覧にならないことを強くおすすめします。
勘三郎さんへのオマージュとして作られる作品である、ということが情報公開と同時に提示されていて、野田さん直筆のコメントも掲示されていて、やはりどこか構えるものがありました。亡くなってもう4年の歳月が経ちましたが、ふとした瞬間に襲う突風のような寂しさをうまくやり過ごすことができないファンも、大勢いるだろうし、私もまたそのうちのひとりだからです。

できるだけ初日に近いタイミングで見たい、と思って、最初の土日のチケットを取りました。ほとんど、前情報は入れないように(舞台写真も見ないように)して当日を迎えました。

オープニングで、舞台に敷かれた幕が引き上げられ、その幕に描かれているのが桜の木で、舞台上に面をかぶった男がいて、向こうから桜色の打掛を着た女が、能面をつけて歩いてくる…。その瞬間、「贋作・桜の森の満開の下」が思い浮かびました。勘三郎さんが、野田さんと「やろう」と言っていた作品、とうとう、それが叶わなかった作品。そこからして、この芝居を冷静に見ることはちょっとできなさそうな感じでした。

最初に「桜」が頭に浮かんだということもありますが、出雲や鉄づくりというキーワードから「クニヅクリ」の物語として見ていたところがありました。最前列で見ていたため、あの「腕をもらう」シーンで背景に流れた映像がなんなのかはよくわからなかったんですが、なんとなく、もし今野田さんが「クニヅクリ」の物語を描くとしたら、こちら側に振れる物語になるんだろうなという気がしました。

これはまったく的外れな感想かもしれませんが、野田さんはやはり「芝居」としてきっちり立つことができるものを作るということがまずあったように思えます。しかし他方で、舞台で生きること、舞台で死ぬこと、虚構の死を生きること、そうあった役者への想いのベクトルが強すぎて、そこをうまく融合させるところまでには至らなかったんじゃないかと思えました。

姉弟という形に姿を変えても、サルワカと阿国はつまるところ書くものと演じるものであり、その演じるものが書くものに投げかける言葉が、すべて勘三郎さんに言ってもらいたい言葉のように思えて参りました。大衆にウケない、でも私はこの話が好きだよ。最後の最後にどんでん返しを見せるお前の筋が好きだよ…。

身体が自分のものでなくなっていく、母なる音しか話せなくなっていく、勘三郎さんの奥様が書かれた病床での様子などを思い、それを見届けた野田さんのことを思い、「死にたい」が「生きたい」「行きたい」にかわるとき、ここから一番遠い場所が地球の裏側ではなく舞台の上であるとわかるとき、そして舞台の上で本物の死が訪れるとき、そこで語られるサルワカの、いや、野田秀樹の言葉があまりにも痛切すぎて、作品の物語としての強さはどうやってもそこに太刀打ちできないんじゃないかという気がしてしまいます。

野田さんは、勘三郎さんの葬儀での弔辞において、君の死はぼくを子供に戻してしまうと書いていたけれど、本当にそんな感じでした。舞台の上には虚構の死しかない、だから幕を閉めれば、その裏ではまたいつものように立ち上がる君がいるんだ…。野田さんは、まだ、ぜんぜん、勘三郎さんの死を、受け止めきれていないんだなと思いましたし、それは見ている私もそうなのかもしれない。サルワカのセリフのすべてが、どうにも胸をしめつけてやまず、もうほんとうにそこに突っ伏して泣き出したいような気持に襲われました。

最初に「贋作・桜」に触れましたが、研辰の討たれを思わせるシーンも随所にあり(音楽も研辰のカヴァレリア・ルスティカーナが使われている)、追っ手に囲まれるシーンは「夏祭」を思い出したりもし、作品のすみずみに勘三郎さんへの想いが満ち溢れているように感じました。

幕が開いてまだ早いということもあり、役者さんはちょっとまだエンジンがかかりきっていない、というところはあったかな。りえちゃんはパンフでも仰っていたけど、足跡姫と阿国との演じ分けに苦戦の後が見られるというところ。古田さんは居住まい佇まいは文句なし(あの刀捌き!!)ですが、ちょっと台詞にあやしさが…(笑)扇雀さんはまだちょっと居所を探してるようなところがあるけれど、ハマればぐっとよくなりそう。のぶえさん、杏ちゃんは盤石の仕上がり。妻夫木くん、あの最後のセリフをお涙頂戴節にならず、すっきりと、あくまでも明るさを失わずに言い切れるのがすばらしいし、だからこそのキャスティングなんだろうなと思います。

今回前方客席には花道が設えられていて、舞台の高さもかなりあるので、前方席はちょっと舞台全体を見るという点ではいまいちかもしれない。後方席でもう一度観劇の予定なので、どんな風に舞台が見えるか、そして芝居がどんなふうに変わっていくか確認するのが楽しみです。