「天の敵」


面白かったです!!!このあと東京公演少し残して大阪公演があるのかな。機会がある方には是非にとおすすめしたい。見る予定の方は見てから感想を読んで下さるとうれしい。

人間の体は日々食べるものでできている、だから、口に入れるものにはじゅうぶん気をつけなきゃだめだよ、いいものを食べなきゃだめだよ、旬のものを食べなきゃだめだよ、旬のものにはその季節に宿るパワーがあるからね…私の母がよく言う台詞です。じっさい、「食」をおろそかにすることへの警鐘というのはいつ、どんな時代にも高々と鳴らされているように思う。それは「じゅうぶんに食べるものがなかった時代」を過ごした人にはだからこその、「飽食の時代」を過ごした人にもだからこその理由があるんだろう。

じゅうぶんにものを食べることができなかった時代に、どうすればより少ない食料で必要な栄養分を取ることができるか。それは次第に「完全食」への思想へ移っていく。それだけですべての栄養をまかない、人の生きる力となるもの…それは一種夢想じみてはいるが、長谷川卯太郎はひょんなきっかけから、その「完全食」を手に入れることになる。

果たして、魔法ではなく、物理の力で「いつまでも若く、美しく、健康である」というある種究極の夢を手に入れた人間はどうなるか?どう生きていくのか?そしてその先には、何が待っているのか?

完全食のアイデアとして「ない」とは言い切れない、体内にあるものだけで身体の機能を循環させれば、人間というのは完全体になれるのではないか?というアイデアで見せてくるところが絶妙のうまさ。かつ、それが法的にどうか、という側面のフォローも怠りなく、永遠だからこその孤独感をかなりポップに見せるかと思えば、さらっと剛速球を投げてくる緩急も見事。

個人的に、前川さんの作品のSF感には、独特の「揺らぎ」があるのが魅力的だと思っていて、情か理かでいえば割と「理」に沿って物語を描かれるけど、その理(ことわり)の向こう、隙間にある揺らぎというのか…。それが卯太郎だけに見える、「向こうに行ってしまった」友人の姿なのかもしれない。

さらに私のツボなのが、この100年近くにわたる物語の最後の最後に、ボールをこちらに投げてくるところ!舞台の上でのやりとりは横方向のボール、観客への投げかけは縦方向のボール、どちらかのボールだけでは作品はつまらない、と私のすきな劇作家が言っていましたが、この作品は最後の最後に超特大の縦方向のボールをなげる。寺泊の妻はおそらく心を決めているだろう。では寺泊は?あなたは?この状況で、あなたは、どうする?確実に死に至る病。治る、と信じられている手がかりがそこにある。だが、凄まじいリスクもある。あなたは、冷蔵庫を開けますか?

舞台美術も素晴らしかったし、舞台の構成として橋本役の浜田さんと寺泊役の安井さんの会話を進行させながらシームレスに100年間の出来事が舞台上で展開していく見せ方もめちゃくちゃ好みでした。浜田さんのあのどことなく無機質っぽい佇まい、まさにハマり役。イキウメ、女優陣がいなくなってしまったけれど、小野ゆり子さんや村岡希美さんを客演に呼ぶあたり、さすがいい声爆弾の持ち主揃えてきてますねっ!って感じでした。

展開としては相当重いものであるにも関わらず、最後まで観客を沈み込ませず一気に見せきる筆力。いやはやすごい。堪能しました。