「ダンケルク」


クリストファー・ノーラン監督が初めて実話を題材にした映画。タイトル通り、第二次世界大戦の「ダンケルクの撤退」を描いています。ファーストトレイラーがかなりセンセーショナルだったので、ゴリゴリの戦闘描写がこれでもかとぶち込まれるのかとビビッてたんですけど、実際に見てみるとそんなことはありませんでした。極端に台詞が少なく、まさに映像ですべてを語ると言わんばかり。なんというか、映画でしか味わえない体験、映像ならではの愉悦がつまりきった作品でした。

誰もが歴史的事実としてその結果を知っている「ダンケルクの撤退」をどう描くのか、という部分で、おそらくこの映画のもっとも肝となるのは、海岸の桟橋での1週間、ドーセットから「ダイナモ作戦」によってダンケルクに向かう船の1日、そしてその撤退作戦の援護をする英空軍スピットファイアの空の1時間を平行して描いているという点だと思います。なので、さっき空で見たことがまた船の視点から繰り返されたりする。時間の流れが不規則ではありますが、冒頭にご丁寧に「1週間」「1日」「1時間」という提示があること、わかりやすい時間の繋目(さっきあった場面ですよ、というお知らせ)があることもあり、複雑さは感じませんでした。むしろこういう構成、大大大大好物です。しかも、たとえば最もわかりやすい点でもあるコリンズの不時着の場面、空の時間軸から最初見るときは、彼が「無事着水した」という合図で手を振っているように見え、ファリアもそれに応えるわけだが、そのあと「船」の時間軸で見るとコリンズは脱出不能に陥っていることがわかる、この「藪の中」的な見せ方とか最高にツボでした。ファリアが空から見る沈みかけた船、その中で何が起こっていたかがあとでわかるところもいい。そして最終的にはその時間軸があのダンケルクの浜辺で一つの時間に収束する。こんな興奮ありますでしょうか。

そしてその映画としての興奮のみならず、時間軸をずらすことによって実際にあの絶望的な桟橋での時間、船倉での時間の長さ、船という狭い世界での軋轢、空というもっとも自由なようで、もっとも不自由な世界で出来ることがひとひとつ身に沁みるように感じられる。ほんともうこの構成だけで一本取られたどころじゃなかったです。

印象深いシーンが多すぎて単なる羅列になりそうですが、桟橋で船が沈みそうになったときの海軍中佐(ケネス・ブラナーさま!)の「船を出せ、ここで沈むな!」の檄(ここで沈したらそのあとの船が桟橋に着けない、その大局的であり冷酷でもある判断)、「何が見える?」「故郷だ」のやりとり(あそこもう…ヒロイックが過ぎると思いながら赤子の手をひねるように泣いたわたしだ)、座礁した船が満潮になればまた浮くという賭けに出た、あの狭い船倉での私刑ぎりぎりのやりとり(冷静になれば誰しも、あそこで一人出たところで何が変わるわけでもないとわかるだろうに、その判断力を失う怖さ)、命からがら逃げ伸びた先で出される紅茶とジャムたっぷりのパンという英国らしさ、ジープをつなげて即席の桟橋を作った兵の満足気な笑顔も忘れがたい。そして、ダンケルクに、あの地獄に戻りたくないあまりにひとりの少年を死に追いやってしまう、悲劇が悲劇を呼ぶ構図…あの英国兵(キリアン・マーフィー)はたとえ助かっても、あの少年の末路を最後には知ってしまい、きっと、ドーソンが言ったようにもうその心を取り戻すことはできないんじゃないだろうかと思う。

ジョージがケガをしたときに、英国兵の懇願を入れてイギリスへ引き返すべきだったのか、ドーソンが下した判断というのが、実はかなりの分水嶺のような気がしています。ドーソンは手遅れだとピーターには言い、実際にそうだったかもしれませんが、でも、もしここがダンケルクではなかったら、この状況じゃなかったら、手っ取り早く言えば「今」だったら、ここは「引き返す」という判断が相応しいとされ、それがヒューマニズムだとされるんじゃないでしょうか。でもドーソンは引き返さない。長男を戦争で亡くしたから?ドイツ軍が憎いから?その心情はわかりません。ただ彼は英国兵にむかってこう言います。「戦争に負ければ、国(home)もなくなる。」まさに大義。そしてピーターも、おそらくその父の心情に気がついているのでしょう。この映画はラストショットしかり、その個と大義の挟間の揺れをとらえた映画でもあったなと思いました。

あと、特筆すべき点として、私はこの映画を日本で唯一「1.43:1」のアスペクト比で上映する、次世代レーザーIMAXがウリの大阪EXPO109で見てきました。今までもスターウォーズや、バットマンVSスーパーマンなどで、2時間のうちの何分か、あのフルスクリーンでの映像を堪能することが出来ましたが、今回は映画のほとんどをこのフルスクリーンで見ることができる!正直めちゃくちゃ楽しみにしていました。そしてその期待は裏切られなった!素晴らしかったです。
素晴らしかったです!!!
とわざわざフォントサイズを変えて言いたくなるほどに素晴らしかったです。まさに圧巻の一語です。とくに空軍のシーンのすごさは筆舌に尽くしがたい。撃墜したメッサーシュミットをカメラが追いかけ、着水する一瞬前の動きまでとらえるフェティッシュぶりもすごいですし、あのコックピットにいるような…本当にあの空にのまれるような感覚がありました。もう1回映画を見返したいような、でもあの素晴らしいショットの数々を上書きしたくないような…複雑な気持ちです。

ファリアを演じたトム・ハーディ、ちょっとどうかと思うようなカッコよさでしたね。そしてスピットファイアパイロットで捕虜…というと大脱走をどうしても思い出してしまうっていう。これでトムハで大脱走のリメイクとかなったらすごいね…(ならないと思いますが)。あと個人的にはもうどう転がってもケネス・ブラナーさまに尽きた。カッコイイonカッコイイ。最後の最後までカッコイイ。ジェームズ・ダーシーとの並び、眼福が過ぎました!