「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」

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スティーブン・スピルバーグ監督作品、で主演がメリル・ストリープトム・ハンクス…盤石か!と言いたいところですが、よく言えば盤石、悪く言えばフレッシュさあんまりない…とか思ってたんですけど、いやはやいやはやである。当たり前だけど、うまいもんはうまい!のである。伊達に盤石と言われてるわけじゃないんですよ私たち、という感じである。横綱相撲の感すごいです。参りました。

Based on true storyってやつなんですが、寡聞にして当時のワシントン・ポストの社主が女性であったこと、しかも夫の突然の死によってその地位を引き継いだことを知りませんでした。ベトナム戦争下のアメリカ、「泥沼」が続くベトナム戦争の裏で政府は何を知っていたのか。それを示す当時の国防長官の作らせた膨大なメモが報道機関の手に渡る。まずはニューヨークタイムズ。そしてワシントン・ポストに。

こうした「政府の陰謀暴露」というような主題だとどうしても「真実を証明するための証拠」を入手するまで(この映画でいうと、「ペンタゴン・ペーパーズ」をポストが手に入れるまで)のドラマを描いてしまいそうなところ、この作品のドラマはそこにはなく、その事実を報道するべきかそうでないか、というメディアとしての姿勢と決断を問う作品になっているところがすごい。すごいし、まさに時宜を得た作品だなと思いました。国防に関する情報は最高機密である、そこに否やを差し挟むひとは多分いないでしょう。ただその大前提を拡大解釈して言論を弾圧しようとする政権に、果たしてメディアはNOを突きつけられるのか。新聞と政権はどこか持ちつ持たれつな関係、「親しい友人」たちへのふるまい、株式の公開と銀行の顔色…そういった要素を超えて、やるべきか、やるべきでないか。

メリル・ストリープが主演であの時代のワシントンポストの社主、さぞかしバリバリのウーマンリブ盛り盛りのキャラクターなんだろうなと思っていたら、全然違いました。先入観いくない。彼女は自分の父が有していた新聞社が夫に譲られ、その妻であることに満足し誇りさえもっていた。けれど、夫の自殺という事態になってポストの経営者の座に座ることになる。彼女の葛藤は、ベン・ブラッドリーの妻が語る台詞に集約されています(あそこでベンの妻が「あなたは何も失わない、これによってますます名を上げるだけ」って台詞が入るのほんとにいい)。相応しくないと思われながら、能力がないと思われながらその椅子に座ること、NOということが言えなくなること、決断することによって文字通りすべてを喪うかもしれないこと…。彼女が孫娘の部屋で、夫が亡くなった後の社主を引き受ける挨拶をするために娘が書いてくれたメモを読む場面、めちゃくちゃよかった。誰も読まない細かい約定も、規約も、ベッドの上に書類を持ち込みながら読み込んでいた彼女の必死さ、役員会でも、株式公開の場でも、ドアを開けた向こうには男性しかいない。そういう世界。だからこそ、あの電話のシーンでの、やるのよ、やらなければ、という彼女の答えに胸が熱くなる。

やるか、やらないか、の決断と共に「新聞ができあがるまで」のショットが絶妙に組み込まれてて、めちゃくちゃかっこよかったなー。バグディキアンがリーク元を突き止めるために動いているときの、あの公衆電話のシーンもよかった。シルバーの電話ボックスが鏡面のようになってバグディキアンの表情がぼんやりうつるところとか!

裁判所から出ていくところで、記者はタイムズ陣営に殺到し、キャサリンたちポスト陣営は何もそこでは語らないのだけど、裁判所前に詰めかけた女性たちがだまって彼女を見送る目がすべてをかたっていて、ここも素晴らしいシーンでした。そしてあの評決を聞くシーンね!電話越しに判事意見を読み上げる、「新聞が奉仕すべきは国民であって統治者ではない」。伝えた女性記者の「ありがとう」という小さな声が重なるところ、「小さな反乱に与するのが夢だった」というバグディキアンがブラッドリーに持ってきた紙包みが同様にペンタゴン・ペーパーズを報道する各社の新聞だったことがわかるところ、いやもう胸熱の連打すぎますってば。

キャサリンとベン・ブラッドリーが輪転機の間を抜けながら(あそこで龍のようにのぼっていく新聞の遠景のショットめちゃくちゃかっこよくない!?)語っているシーンでラストかな、と思いきや、ニクソンのポストへの圧力(これ例の録音テープの中にあるんですかね?)を語る音声と、続いて映るウォーターゲートビル…うぉー!てなりましたね。なりましたし、あっ大統領の陰謀見たい…て思いました。そういえばポストの編集部で、机の間を抜ける記者を平行して机越しにとらえるショットが「大統領の陰謀」にもあったよなーと思ってたんでした。監督なりのオマージュだったのかも、なーんて。
最後に、私の大好きなドラマ「ザ・ホワイトハウス」で(そういえばジョシュ役のブラッドリー・ウィットフォードが本作にも出てますね)首席補佐官であるレオ・マクギャリーが語ったベトナム戦争についての台詞を引用します。

私は戦争に行きました。・・・二度と行きたくない。もし時間を遡ることが出来るなら、1964年8月4日の閣議室に行きたいんです。アメリカの船がトンキン湾北ベトナムの攻撃を受けたあの時です。大統領に私はこう言いたい。考え直せと。あなたは取り返しのつかない間違いを犯し、とてつもない数の兵士を地獄の泥沼に送り込もうとしている。道徳観のないリーダーが率いる、信念のない兵士を、明確な使命もなく、終わりのない戦いに。