「遺産」劇団チョコレートケーキ

  • すみだパークスタジオ倉 E列17番
  • 脚本 古川健 演出 日澤雄介

第二次世界大戦下の満州で、表むきは関東軍防疫給水部として活動していた「731部隊」を題材にした作品。先だって公演された「ドキュメンタリー」からつながる物語でもありますが、直接的な続編ではないので、同じ登場人物が出てくるわけではありません(終盤、ドキュメンタリーで語られた物語の顛末のようなものがさらっと出てくる程度)。

731部隊で陸軍技師として数多くの人体実験に関与したひとりの医師が、自分の死を契機にその「遺産」を白日の下にさらすことを望む、その相克と、その意思を受け継ぐべきだと考える青年を主軸に、過去と現在が交錯する物語です。語られる物語はあまりにも凄惨で、非人道的、という一語に尽きますが、では我々と彼らの何が違うのか、同じ状況に置かれた時に、自分は彼らと同じことをしないと言えるのか。普通の人間がいちばんおそろしい、それはこの劇団が積極的に取り上げているナチスのあの狂乱の時代にも共通するもので、亡き医師の残したファイルを受け取った青年の「ぼくも同じことをやるだろう、だからこそ心底おそろしい、だからこそこのファイルを埋もれさせてはいけない」という台詞にこの芝居の心臓が集約されているような気がしました。

しかし、この731部隊の行ったことについて、ある程度漠然とした知識は共有していても、これだけのことをしたにも関わらず、戦犯として処罰されることもなく、なんらの清算を行うこともなく、ただただ戦時下での異様な規律だけが生き続け(石井四郎の「決して口外するな」という命令に皆死ぬまで逆らうことができない)てきたことにはなんというか、どうしようもない居心地の悪さが残ります。医学の発展にはこうした犠牲がつきものであるというその考えのもとに、我々は今この国で西洋医学の恩恵を受けているのではないかというような。

そういう意味では、「ドキュメンタリー」のミニマムさ、インタビューという形式をとりながら一本の芝居としてそこから観客に「何か」を見つけさせる巧みさは、今思っても出色だったなーと振り返ってみたり。

女性の「マルタ」が言葉を積極的に覚え、それによって自分が人間であるということを自分を取り囲む人間に思い出させていく演出は出色でした。あの最後のダンスも。人間であること、語ること、そして、踊ること。彼らは人間だった。彼らを人間として扱わなかった人もまた、悪魔ではなく人間だったのだ。そのことが何よりも胸に残る観劇でした。