「ボヘミアン・ラプソディ」

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クイーンのボーカリストフレディ・マーキュリーにスポットをあてた映画。クレジットはブライアン・シンガー監督ですが、この映画も製作段階でいろいろあってシンガー監督は途中で交代したんだけど映画がほぼ完成していたので監督としてはシングルクレジットになってるみたいです。後を引き継いだのはデクスター・フレッチャー。製作にブライアン・メイロジャー・テイラーの名前があります。

むちゃくちゃよかった、むちゃくちゃよかったんですが、その「よさ」はなんというか映画そのものというよりも、この映画が掬い取ることに成功しているクイーンの、ひいてはロックバンドの持つきらめきとせつなさにあって、どうにも見ているひとを巻き込んでしまうところにある気がします。クイーンを知っていても、知らなくても、今までいちどでもロックバンドというものに深く思い入れ、そしてそれを喪ったことがあるひとには、これを知ってる、この風景を知っている、と思わせるし、その風景の先にある「たくさんの希望と絶望と興奮」を思い出させるし、だからこそこの映画がたどり着く最高の瞬間に巻き込まれずにはいられない。

ロックバンドにどんな物語を見るか、というのは100人いれば100通り、1億人いれば1億通りあると私は思っているので、それは同じものを見ていてもそれだけ「自分がそのバンドに見る物語」は千差万別だと思っているので、実際のバンドの、しかも早逝したヴォーカリストを擁したバンドをこうして映画化するということはものすごい困難を伴う作業だと思うし、実際にこの映画において時系列が圧縮されていたり、「いやここはそうではない」って部分が飲み込めないひとがたくさんいても、それはもっともなことだろうと思います。そして逆に、たとえそういう部分があったとしても、これが自分の見たかった物語だ、とおもうひとが沢山いたとしても全然不思議ではない。映画のクライマックスをライヴ・エイドに持ってきて、しかもあの20分間のステージをほぼ完全に再現する、というのが降板したブライアン・シンガーの仕事なら、かれは文字通りこの映画の監督としてシングルクレジットされるに相応しい。あの20分間はなんというか、結局のところ、あのステージにすべてがあった、ということなんだと思う。ブライアン・メイロジャー・テイラーは、クイーンをこうやって憶えていて欲しい、ということなんだと思う。そしてこのふたりは、こういう形でクイーンの物語を紡ぐ資格のある数少ない人間のうちのふたりなんじゃないかと私は思います。

バンドがスターダムを駆け上がっていくのも、フレディ・マーキュリーの人生も、駆け足みたいな描写ではあるけれど、それでもなおそのひとつひとつに説得力を持たせる楽曲のパワーたるや。名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を、名盤「オペラ座の夜」を生み出す前夜の彼ら、あの全能感に満ちた彼ら、正直もうここで涙の海に沈められた私だ。しかもそれを録音するスタジオを訪れたときの描写が、ってこれもう完全に映画の感想から離れちゃってるけど、私の好きなバンドが5枚目のアルバムを録ったとき(なぜ固有名詞を出さない)(いやなんとなく…恐れ多くて…)のスタジオ、リッジファームにすごく似てて(実際にオペラ座の夜のリハでリッジファーム使ったらしいですね)、まさに「前夜」の興奮のさままで思い出させて、これは…これはあかんやつー!この後起こることを知っているだけにあかんやつー!ってなりました。もうそこからホントぜんぜん映画と距離をもって冷静に見ることができなかった。

そんなんだからフレディがソロとして契約をした、という話をメンバーにするところも、ああこれ…自分をクビにしてくれとかいいだす空気…とか、妥協って言っちゃった…とか、逆にもういちどバンドとしてやりたい、って話をするところとか、なんならライブエイドでメンバーがドラムを囲むシーンですら、全部がわたしにとってあるものを思い起こさせるんじゃー!ってこれは完全に余談でした。

映画の感想で根っからのクイーンマニアな人たちも、メンバーの再現ぶりを軒並み称賛されていますが、いやほんと、物語や音楽に感動するのと、「それにしてもそっくりだな…」っていう感嘆が交互にやってきて忙しかった。ブライアン・メイはマジで途中から「これはもはや本物のブライアン・メイなのでは…?」と思うほどに似てる。すごすぎる。顔もそうだけど表情とか仕草がもう全部あれ。でもロジャー・テイラーもジョン・ディーコンもめちゃ似てます。ライヴエイドのあのジョンのシャツほんとどこから持ってきたんだろう…まさか作ったのか今回のために。あとブライアン・メイがフレディに「きみも髪を切れ」って言われた時「生まれたときからこれだ」って返すのめっちゃ好きでした。「コーヒーマシーンはやめろ!」も楽しかった、ああいう密なバンドの空気が色濃く感じられたのも入り込んだ理由のひとつだと思う。キラッキラのロジャーや、ジョンの絶妙なバランサーぶりも好きだったなあ。ラミ・マレックのフレディ、すごくすごくよかったです。言うまでもなくいちばんの難役だし、あれだけのロック・アイコンを演じるのって並大抵じゃないけど、孤独に蝕まれていくさまも、ステージの上での圧巻のパフォーマンスも、本当に説得力があった。あ!あとねこがめっちゃいい仕事してます。

いやしかし、あの最高の風景にたどりつくまでに身を絞られるような思いをするのに、それをわかっているのに、どうして「もういちど」って思ってしまうんでしょうね。この映画も全く同じで、やっぱりあの最高の瞬間を味わうためにもう一度足を運びたくなってしまう。そういう意味では、この映画にはまさにロックバンドが私たちにかける魔法そのものが備わっているんじゃないかと思いました。ぜひ、音響の良い映画館で楽しんで下さい!