「トロンプ・ルイユ」パラドックス定数

  • シアター風姿花伝 全席自由
  • 作・演出 野木萌葱

観ている間、ああそうだ、私こういう芝居が好きで劇場に通うようになったんだった…としみじみ原点回帰の想いにふけりました。めちゃくちゃ面白かったです。惜しむらくは上演期間がねー!短いので、もう千秋楽を迎えてしまっているというところ…むねん…もっとたくさんのひとに見てもらいたい…。

舞台は地方競馬場(丸亀、と地名が出ていましたので架空なんだよね、丸亀に競馬場…ないよね?)、そこにやってくる片や16歳馬、片や故障を抱えたサラブレッド。人それぞれ、馬それぞれの人間模様…人馬模様?を描いていく物語です。

小劇場で、馬を題材にしているのだから、当然ですが人間が馬を演じます。しかしこれ、擬人化というのともちょっと違うと思うのよね。馬をヒト視しているわけではないのよ。馬は、馬なのよ。なので言ってみれば「ヒトを馬に見立てている」って感じなんですよ。演劇とは見立てることである、って誰かも言ってましたね。その「見立て」を示す記号として、登場人物6人の衣装のネクタイにホルダーがついており、そこにリードが繋がれると「馬に見立てられた」とわかる仕組みになっている。馬主、調教師、調教助手、厩務員、予想屋…競馬場を「HOME」とする人たちが、それぞれ逃げ馬、差し馬、サラブレッド…地方競馬に集まってきた「馬」5頭も演じていく。その人馬の組み合わせは変わらない。

馬同士の会話が実にエッジが効いているというか、どれもこれもツボにはまって面白く、最初は「見立て」に戸惑っていた観客の心の壁をガンガン破ってきてくれた感があった。サラブレッドがやってきてそっちにご執心になる調教師が面白くない差し馬ちゃん、よかったなー。レディだけどおっさんだからなー!っての好きだった。馬頭観音にもめちゃくちゃウケてしまった。出自をハナにかけてるけど実は誰より孤独、なサラブレッドに懐いちゃうシャイな馬もかわいかった。あとみんな大好きカミカゼバンチョー。最高か。バンチョーは馬でも人でも最高に男前すぎてまじ人馬もろともにめろめろんであったことだよ。

見立ての面白さ、その見立てだからこそうまれるおかしさを存分に味わえる一方で、競馬、というものにつきもののドラマをしっかり書き込んでいて、その対比が本当にすばらしかった。馬と人はもちろんどこか似ているところもあるんだけど、似ている、ではなく、その姿がぴったりと重なって見える一瞬があって、その瞬間のカタルシスがすごかったです。差し馬であるウィンザーレディが「おまえらの期待を背負って走ってやる」という場面、逃げ馬であるロンミアダイムが語る恍惚と恐怖も印象的ですが、なかでも最後のレースに挑む調教助手とロンミアダイムの場面は秀逸でした。わかってるよ、おまえがいちばんここを走りたがっていたってことは…。相手は骨折により予後不良と診断され、安楽死という道を選ぶしかなかったドンカバージョなのか、それともかれに入れ込んだ調教助手なのか。この場面に限らず、だんだんと「見立て」の記号が曖昧になっていき、きわめてシームレスに人馬が入れ替わっていくのがむちゃくちゃ演劇的興奮に満ちていて、こういう芝居…好き!!!と何度も心の中で叫びましたとも。

6人の役者さんが皆本当に最高で、あの競馬実況の場面をね、それぞれやってくださるところとかもよかったなー。やっぱり皆さんいい声ぞろい。獲得賞金を床に敷き詰めてその上で寝転んで「欲望にまみれてるんだよ~!」つってそのあとの賞金は厩舎の皆さんに全額あげちゃう馬主さんのキャラ好きでした。いつも負けて眺めてた海を2頭が眺めながらおやつ食べる?つったときの可愛らしさ、そのおやつを調教師にたしなめられた時の「しら~ん」みたいな顔の絶妙さ、椅子を組み合わせて厩舎やパドックを「見せ」ちゃうアイデア、いやもう良かった場面しか思いつかないし全部書いてたら終わらない。あいつと約束したからな、約束ってなんだ?誰かとつながることだよ…うううう(泣いている)。

どんな小さい劇場でも、小さいからこそ、世界は無限だし、この空間はどこにだってなんにだってなれるし、見立てることで無限の世界が広がるんだよってことを私は小劇場から教わってきたし、そういう自分の原点を観たような思いがしたし、なんというか、とにかく幸せな、幸せすぎる2時間でした。

1年を通してパラドックス定数・オーソドックスとして上演されてきたシリーズもあと3月の1本を残すのみとなりました。いやーもうちょっと見にきたかったけどなかなかむずかしいですねやっぱり。とりあえずフィナーレである「Das Orchester」も見に行かせていただくつもりです!