「戦火の馬」

f:id:peat:20210314005721j:plain
ナショナルシアターライブアンコールで上映されたので、この機会を逃したら…次はないかもー!と思い足を運んできました。

舞台芸術と一口にいってもそこにはさまざまな手法や表現が内包されると思いますが、「馬と人間の物語を描く」という点においてある意味ひとつの表現の極致を見ている気持ちになりました。これが映像表現なら人は人だし馬は馬ですが、舞台において馬を描くときは、まず馬を馬として出すのかどうか、から表現の枝分かれが始まるわけで、この作品は舞台上で「馬」を出現させ、かつ舞台表現として極限まで具象に近づける、ということをやってのけているわけです。

馬のいななき、仕草、首の動き、表情、身体から立ちのぼる湯気…。実際に舞台の上にいるのは人間が操るパペットであり、その操る人間を隠すことすらしていないのに、文字通りパペットに命が吹き込まれ、ひとつの生命体として存在する、そのスリリングさといったら!

物語としては人と馬の「ゆきてかえりし物語」なんだけど、シンプルなドラマだからこそ惹きつけられてしまうし、戦場における束の間の心の交流、人間性をはがされた場所で起こる人と人、そして人と馬の感情のドラマがすごく胸に残りました。人と人、だけじゃなく馬と馬もね!あのトップソーンを助け起こそうとするジョーイの場面、うわあああああんってなったよ…馬を愛した人も愛さなかった人も等しく命を奪われていくのがまた本当にやるせない…。最後はもう、いやこれで出会わないわけないとわかっているのに、まってー!そこにー!ジョーイがー!!!つって手に汗握っちゃうんだから、本当にすぐれた物語というのは不思議な引力をもってますよね。

舞台美術もすごくよかったな。破り取られたスケッチブックを模していてそこに映像が映し出されるけど、その映し出される映像もどこか絵本的なものだったのがすごく効いていた。舞台で映像を使うとついつい具体的なものを映すほうによりがちだけど、あくまでも「セットの一部」として機能させるほうが絶対効果的ですよね。

馬だけでなく他の動物もパペットとして登場していて、ガチョウはなかでも大人気。カーテンコールにももちろんトップソーンとジョーイが登場するんですが、観客の誰しもがパペットとしてのアイテムではなく「トップソーンとジョーイ」に拍手を送っているのが印象的でした。