「バグダッド動物園のベンガルタイガー」

イラク戦争まっただ中のバグダッドで、酔ったアメリカ兵がエサをやろうとしてトラに手を噛まれ、あわてて撃ち殺した…という実話から着想を得て描かれた物語だそうです。トラを撃った兵士はそのトラの亡霊に取り憑かれる、その兵士はやがて…と連鎖していく物語。

亡霊として描かれるトラが何かの暗喩なのかなという風にも思えるんですが(新国立の公演ページを見ると、作者はこのトラを演じるのは「中近東系以外であれば、どんな人種が演じてもよい」と戯曲の冒頭で但し書きをされているそうで、やはりそこには相応の意図があるんだろうなと)、しかしその撃った兵士が自殺して亡霊となり、トラに手を噛まれて義手となったアメリカ兵に取り憑く、またアメリカ軍の通訳として働く男は、ウダイ・フセインの亡霊と会話する…という構図を見ると、トラが、ということよりも彼岸にいったものと「こっち側」のものとの対話、という点のほうがより重く心に残った感じです。

誰が主演、というよりも完全に群像劇だったと思います。個人的にもっとも惹かれた「対話」はウダイ・フセインと彼の庭師のもので、非道の限りを尽くした暴君と、その暴君になにもかも踏みにじられた男でありながら、お前の(庭師としての)才能はおれの悪逆非道のうえに成り立っているんだ、という言葉の鋭さに唸らされましたし、結果その庭師が怒りに駆られて手にかけた男が…という連鎖の描き方も印象的。

風間くん、冒頭はいかにも頭の悪そうなヤンキー、というキャラクターだったのが、一転見えるはずのない物に怯える男、そしてどこか透徹した意識を持つ形なきもの、とすべてに説得力のある芝居を見せてくれてました。最初は左手をやけに動かして芝居するのが気になったんですが、それが後半の展開を見据えてのプランだったのだとすれば唸るしかない。あとウダイ・フセイン(の亡霊)を演じた粟野史浩さん!う、うまい!!終演後慌てて調べたら何作品かは過去に拝見しているみたいなので、今更何言ってんだと言われると面目ないとしか言いようがないんですが。特徴ある声でウダイの非道ぶりを、けっして重くなく砂漠の砂のごとき乾燥した温度で聞かせきるのがすごいですね。いやほんと、観劇中何回も「うまいなあこの人」と心底唸りました。その粟野さんと対話する庭師役が安井順平さんで、やはり語りの巧さでは群を抜きます。自分のペースにたちまち持ってくることが出来る役者さんだよなあと。谷田歩さんも後半芝居をぐんぐん引っ張っていっていて、いいアンサンブルで観られたなーという気がします。

土岐さんのセットもよかったなあ。そしてどうでもいいことですが、あの金属の義手、ロボコップと劇中では評されますが、今だったらウィンターソルジャーみたい、って言われたり、するのかな、しないか、しないですよねってひとりごちてしまいました。びょうき!